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□哀歌
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「何故、殺した」
拝謁させるや、曹叡は言い放った。
司馬師は答えることができず、黙っていた。
「苟も宗室に連なる婦人だ。何故、殺した」
否と言わせぬ冷たい響きが、司馬師に返答を命じる。
詰問や叱責は覚悟の上だった。
だが、主は感情をぶつけるどころか、完全に欠落させて、ただ冷たく問いただす。
情の烈しい人が、怒るべきところで冷厳な態度をとるというのは、かえって恐ろしい。
曹叡が立ち上がる。青ざめた司馬師の、すぐ前まで歩み寄る。
そのまま、彼の左頬を張った。
「恥知らず」
初めて、感情が声に現れた。
それは、冷蔑や憤りというより、むしろ“恐れ”。
「いつか、そうやって私も殺すのか…?」
冷徹でいながら、極めて危うい心の均衡を保つ主。
張り詰めた心弦を刺激せぬよう、司馬師は硬い表情を崩さない。
「いいえ」
声にだけ、感情を込めた。
「あなただけは、決して」
決して致しません、そう告げる司馬師に、しかし、曹叡は悲しげに微笑んだ。

「私だけ、か…」






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