「何故、殺した」 拝謁させるや、曹叡は言い放った。 司馬師は答えることができず、黙っていた。 「苟も宗室に連なる婦人だ。何故、殺した」 否と言わせぬ冷たい響きが、司馬師に返答を命じる。 詰問や叱責は覚悟の上だった。 だが、主は感情をぶつけるどころか、完全に欠落させて、ただ冷たく問いただす。 情の烈しい人が、怒るべきところで冷厳な態度をとるというのは、かえって恐ろしい。 曹叡が立ち上がる。青ざめた司馬師の、すぐ前まで歩み寄る。 そのまま、彼の左頬を張った。 「恥知らず」 初めて、感情が声に現れた。 それは、冷蔑や憤りというより、むしろ“恐れ”。 「いつか、そうやって私も殺すのか…?」 冷徹でいながら、極めて危うい心の均衡を保つ主。 張り詰めた心弦を刺激せぬよう、司馬師は硬い表情を崩さない。 「いいえ」 声にだけ、感情を込めた。 「あなただけは、決して」 決して致しません、そう告げる司馬師に、しかし、曹叡は悲しげに微笑んだ。 「私だけ、か…」 |