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□回憶
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まるまるとした白い頬を、おそるおそる、つついてみる。
柔らかくみずみずしい、愛しい感触。
と、赤子はにぱっと表情を輝かせ、笑い出した。
目をしばたかせる年下の夫に、甄宓は微笑んだ。

「抱いてごらんなさいませ」
「あ、ああ…」
返事をしたものの。
「なあ、宓」
「はい?」
「その…男が抱いても潰れんだろうな…?」
「勿論です、優しくお抱きになれば」
「泣いたりしないか…?」
「大丈夫です、今はとても機嫌がよいですから」
「い、今は…!?」
さあ、と促され、曹丕は恐る恐る、小さなまるまっちい我が子を抱き取る。
意外と上手い。首が据わるように抱いている。
赤ん坊も、抱き心地が変わったのか不思議そうな顔だが、泣きもせず、黒くて大きな瞳で父親を見つめている。
「ほら、大丈夫でしたでしょう?」
甄宓は莞爾と微笑んだ。
「なあ、宓」
「はい」
「意外に賢そうな顔だな、こいつ」
「もちろんです。あなたのお子ですもの」
あっさり言われて、曹丕は照れたような、困ったような表情になる。
「男子は母に似るというぞ。おい、よかったな」
と、ふにんとした顔で見上げてくる息子へ言う。
「お前の母は中原一の美女だ。きっと、令君よりも好い男になるぞ」
目を細めて、頑是無い赤ん坊に言う姿からは、普段の冷たさは微塵も感じられない。

ふと、彼は甄宓に向き直った。
「宓、この子の名前が決まった」
彼女は頷く。
「“叡”だ」
「美しい名前ですわね」
「うん。さっきも言ったろう?賢そうな子だ」
そう言って、もう一度、赤ん坊の顔を覗き込んだ。

「叡……」





 

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