書架

□玉牀
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それは遊ぶというより、何か秘密めいたおまじないのようだった。

白い練絹に金糸を繍った袷
青い絹に五色の鳳鸞を刺繍した表着
複雑な模様を織り出した蜀錦の裳
袖口や襟に翡翠の羽を縫い付けた紅の裲襠

衣装櫃をひっくり返した部屋に高価な色彩が散らばっていた。
明かり取りから差し込む弱い光に、つややかな浮沈の文様が妖しく揺らめいている。
黒髪に玳瑁の簪はよく映えた。両天は水晶で、玉を縢った色糸でぐるりを飾る。
小さな頭が揺れると、透けるように白い頬を華やかな糸が彩った。
なだらかな肩にかかる黒髪を梳いたとき、たとえようのない陶酔を覚えた。
「きれいだよ、叡さん」
おとなしく座る曹叡は無防備で愛らしい。
いつもの、どこか得体のしれない怜悧な美しさ――曹丕そっくりの――とは、違う優美さがある。
「……嫂様…」
思わず零れた呟きが聞こえたようだ。
「叔父様」
「なに?」
「私は、父様や母様に似ていますか」
見つめてくる瞳の潤んだ美しさ、ほっそりしたおとがいが優美だ。
「叡さんは、二人の美しいところだけを受け継いでらっしゃるよ」
うらやましいくらいだ、と曹植は思う。
「輪郭は、嫂様だ」
顎の線の、玉杯のような美しい尖り方がそっくりだ。
色が白いのは、どちらにも似ている。
「…兄さんに近いかな。あまりに白く透き通って、冷たさを感じるほど…」
その肌がしっとりと熱を抱くのは、とても奇妙で、とても魅力的なことだ。
「あ……」
口づけてみれば、その頬はやはり温かい。
戸惑った声がかわいらしい。
そのまま抱きしめると、柔らかな衣裳の下に息づく全てを、この手に捉えたようにさえ思えた。
「ぁ…あの……叔父、様…」
曹植は応えない。
少しずつ伝わってくる体の温かさが、心地よくて、不安だった。
身を任せたいような、怖いような。
ふと、顔を上げた曹植と瞳が重なった。
「叡さんは、いや…?」
嫌だと言えば、叔父は離れていってしまう。
温かな重みが、曹叡の孤独な心を捕らえてしまっていた。
「いや、では…ないです……」
そう言えたとき、自分の中にじわりと熱い澱が広がっていくのを感じた。





元仲とは、孤独な子だと思った。
曹植は、自分が孤独に耐えうることは知っている。
無為な生涯には我慢できないが、有為な孤独は愛している。
だが、曹叡は、彼はそもそも、孤独を自覚するほどに愛されたことがあるのだろうか。
寂しいとは思っているのだろう。
でなければ、あの淫靡な遊戯を受け入れただろうか。
彼は、きっと、欲しいのだ。
愛でいとおしむ、誰かに求められ、誰かを欲する、愛情と欲望の入り混じった――およそ普通よりも歪んだ――愛が、欲しいのだろう。
それは、いかにも未熟な、人として知っておくべき感情よりも以前の、未成熟な欲望だ。
それと知りながら、彼に自身のひずみを映すべく、そのつややかで未成熟な欲望を利用する己は、誰より罪深いのだということを、曹植は知っている。


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