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□誘い灯
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曹髦は、決まって、一つの光景を想像する。
司馬昭の作る、暗くあたたかな繭の中へ閉じ込められるのだ、と。

そんな想像を、司馬昭へ打ち明けてみた。
彼は笑って、言った。
「繭は柔らかに美しいが、その実は醜悪な虫です。あなたとは違う」
細い指を通して、高貴な肌膚や鼓動をなぞる感触が伝わる。
「あなたは違います。――その肌の下に、温かな血肉が満ちている」
透き通るような白い肌を、司馬昭は殊の外、気に入っているようだった。
益体もないが危険きわまりない感想を、素直に当人へ打ち明ける曹髦も曹髦だが、司馬昭は司馬昭で、驚くほど素直に曹髦を誉めることがある。
ただ、そういうときの賛辞は少し変わっていて、今も例外ではない。
「きっと、臓腑のひとつひとつまで、おきれいなのでしょう…」
溜息混じりに、とん、と心臓をつついて、手が離れた。
少し、その感覚が惜しい。
見た目と同じように、細く冷たい、硬い指の感触は嫌いではない。
彼の指は、自分の肌をどう捉えているのだろう。
ほんの少し体温が高く、ゆるやかに上下する胸郭。
その下で静かな呼吸を繰り返す、ずしりと重い血潮を感じ取っているのだろうか。
「ばかな……」
ひそやかな呟きが、かすかな苦笑とともに唇からこぼれた。
「同じだ。切り開けば血が溢れ、放っておけば腐る」
それがあなたの手によるものかは知らないが、とは、言わないでおく。
「それは死んでからの話だ……あなたは、今、美しい」
くつくつと、喉の奥で低く笑って、司馬昭は投げ出されていた手を取る。
そのまま慈しむように頬を寄せ、あまつさえ恭しく口づける。
まるで、花に口刺す夜蛾のようだった。
それも、大きな羽の、すばらしく複雑な色彩の。
垂直な羽をぴたりと閉じ、長く裾を引くように後ろへ流し、夜の闇に憩っているのだ。
こぼれた前髪が、少年の細い薬指に触れた。
なめらかな絹の飾り房に触れた気分だ。
司馬昭は小さく唇を開け、よく切り揃えられた薄い、少し反り返り気味の爪を、噛んだ。

この繊細な指には銀や緑玉の指輪を贈りたかった。
すらりと皎い腕を差し伸べる前へ、恭しく跪き、厳かに万金の宝玉をはめてやろう。
その指輪が一生のくびきとなればよい。
彼が決して自分の手元から逃げぬよう、つなぎとめてやりたいのだ。





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