「珍しい、夫人と喧嘩でもされました?」 呆れ顔で、しかし興味深深に茶化してくる鍾会を、司馬昭はじろりとにらみつけた。 黄金の龍に噛み付かれた傷は、思いのほか傷跡が目立ってしまった。 「そんな下らん理由を挙げてきたのは、お前だけだな」 「へえ…、それじゃ玄伯や羊君はクソ真面目に心配してくれたんですか?」 「…少なくともお前よりは、余程ましだった」 実際、陳泰も羊祜も、それが曹髦との諍いで生じたと、すぐに見抜いた。 ただし、それぞれの反応は至って冷静で 「陛下を怒らせるとは、よほどの無礼を申し上げたか、非礼をしたか」 と、怪我をした当人ではなく、年若い皇帝を慮る――その意味では模範的な――発言だったが。 「彼女でないなら、陛下でしょう」 こめかみの傷が一段と疼いた気がする。 「ま、ある意味、夫婦喧嘩みたいなもんですけどね、私に言わせれば」 実際、政略結婚がうまくいかず冷め切った夫婦と、よく似ている状況ではないかと思う。 「慣れてる間柄で、ちょっと気安い会話ができるからって、何気なく相手をやり込めようとすると大火傷しますよ」 微かに簪の玉飾が揺れた。司馬昭が目を動かしたのだと解った。 「そもそも、心が通じ合ってないんですから。こじれると普通の夫婦よりひどくなる」 「…ばかばかしい。陛下と少し諍いをしたが、例えが下世話に過ぎるぞ」 「だったら、公閭様を何とかして下さい」 「どうして、そうお前の話は話題が飛ぶんだ」 「飛んでませんよ。……今朝、あなたの怪我を見た時の公閭様の目つき、気付かれなかったんですか?陛下が相手でもただじゃ済まさない、って目をしてましたよ」 今だって、と肩をすくめる。 「ぴりぴりして血の雨が降りそうな勢いです。冗談じゃなく、落ち着きませんよ」 「……まったく」 今度は傷のせいではなく頭が痛い。 傷を見たとき、賈充の目が尋常でない凶悪な光り方をしていたのは知っている。余計なことは聞かないし、何より司馬昭の意思が絶対の男だから、司馬昭が“隠したい”と思うことであれば敢えては問わない。その代わり、事実を知る者に聞く。それが血を見るような事態になりがちなのが、司馬昭には最大の悩みだった。 「公閭が接触しないよう、それとなく陛下を遠ざけておけ」 「わかりましたけど、私が公閭様に殺されないよう、あなたが計らって下さいね」 「…後は片付けておく」 言外に“下がれ”と滲ませたのを感じ取って、鍾会は素直に退散することに決めた。 (子上様も、抱かれる相手には弱いんだろうか、なあ……) 思ってはみるが、実際にどうなのかとは、恐ろしすぎて聞けないことだった。 |