「玄伯、私はどうしたらいい…」 「何も。お前の望むとおりにやればいい。そうなったのだから」 「だから…!それは違うと言ったはずだ!」 それは何度も繰り返した。 こんな結末など望んではいない、望みたくもなかったと。 だが、曹髦すら思いもよらなかった恋着を、陳泰が知るはずもない。それ以前に、こんな歪んだ愛執を説くなど、できるはずがない。 どうあっても、誤解を解くすべがなかった。 「私は一度だって望んだことはないし、…ちがう、陛下には生きていてほしかった!」 「今更そんなことを誰が信じると思う!陛下を弑するとき、賈充は兵たちにこう言ったそうだ、“司馬公がお前たちを養ってこられたのは、ただこの日のためだ”と……それに異を唱える者は誰一人いなかった、そういうことだ」 「私が命じたのは、陛下を救ってほしいと、ただそれだけだ、本当に――!」 激昂する司馬昭とは対照的に、陳泰は次第に黙っていく。その沈黙は、冷たい軽蔑と拒絶だった。 「玄伯…」 何度目かの呼びかけに、ようやく陳泰は重い口を開いた。 「…わかった。それで、お前はどうするつもりだ」 「わからない、だから、お前に聞いているんだ、お前にしか…聞けないから…」 「……そうか」 思えば、彼は自分の命運を計っていたのだろう。そして、結論を出したのだ。 死んだほうがましだ、と。 「では、教えてやろう。賈充を腰斬に処せ、その程度でも言い訳にはなる」 「何…?」 「それより効果的な申し開きがあるとすれば――お前にも解るだろう」 吐き捨て、出て行こうとする後姿が、司馬昭にはあまりに無防備に見えた。 「待て、玄伯」 「何だ」 「本当に、それしかないのか?」 音もなく簪を引き抜く。 陳泰は振り返らなかった。 戦慣れしていた彼が、敵対を明言した司馬昭を背に、振り返らなかった。そのことは、ずっと後になって思い出した。 「それしか、ないのか?」 「ない」 毅然と伸ばされた首筋が、彼の意志そのものだった。 「言っただろう。それより上策はある、だが、下策はない」 その頚筋へ深々と簪を突き刺した。 力任せの一撃が頚の動脈を断ち切ったらしい。簪端に飾られた水晶が赤黒く汚れていく。 恐怖と共に簪を引き抜いた時、既に陳泰は瀕死だった。 反射的に押さえた指の間から血が湧き上がり、充分に止血する力さえ残っていないようだった。 ただ、その目は明らかに、意思を持って司馬昭を見ていた。 深い諦めと、途方もなく強い矜持を込めて、陳泰は司馬昭を見ていた。 すでに力を無くしていた手が、止めようのない出血の中へ落ちたとき、彼の目も閉じた。 短い間、沈黙のうちに、全てが終わった。 司馬昭は、一部始終、それを見ていた。両手で金の簪を握り締め、その両手を血に汚しながら。 自らの手で殺したのは、これが最初で、おそらく最後だと――そう、茫然と思いながら。 |