写本

□白陽君
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鬼気というべき、凄まじい気迫の塊。
眼前にどっかりと位置を占める巨躯にも、眼前の若い将軍は怖じる様子が無かった。
「北のかたから、世にも珍しい白馬が贈られてきたものよ」
しゃがれた揶揄に、公孫瓚は憮然と鼻を鳴らした。
「あいにく、俺は貢物ではないのでな」
不愉快だった。仮にも一郡を統べる身へ、あまりにも無礼な物言いだ。
強力と猛勇たりて恐れられる暴君に、梟雄たる器を見出そうとしたのが誤りだったか。
所詮暴君とは、その名以上の意味を持たぬものか。
公孫瓚が興味を失いかけたとき。不意に、董卓が凶悪な笑みを見せた。

「おぬし、多くの英雄に抱かれてきおったな」

紅い瞳が驚いたように見開かれた。
「何を……」
「わしには判る」
あの巨躯のどこに、これほど俊敏な動きが隠されているのか。
太い腕が瞬時に、しなやかな体躯をつかみ、引き寄せた。
「おぬしの気は、あまたの雄に精を注がれてなお枯れぬ、陰の雄よ」
太い指が旅装を容易く引きちぎり、長い髪と戎服に隠れた肌を、白昼に晒した。
「や…っ、やめろ!放せ、獣がッ!」
半狂乱になってもがいたが、人並みはずれた董卓の剛腕に、公孫瓚の力ではどうにもならなかった。
しかも、眄眄たる腹は想像に反して硬く、体重をかけられて腰から下もまったく動かせない
暴君の分厚い左手が、白い両腕を無造作に掴み封じてしまうと、もはや抵抗するすべはなかった。
「わしが試してくれよう。おぬしが真実、英雄をいだくに相応しいものか…」
「貴様、血迷ったか…!」
毛皮の敷物と隆々たる巨躯に挟まれて、公孫瓚の体は、無骨な大岩に押し潰された花蔦のようだった。
(む……)
董卓は、組み敷いた相手を凝視した。
不意に大人しくなったので、観念したのかと思ったが。
そうではない。
試すような挑発的な眼差しが、こちらの器を図らんとするように鋭く光っていた。

「俺を抱けるのは、英雄だけじゃ」

その不遜にして不屈の物言い。
「つまり、わしは英雄と呼ぶには不足というわけか?」
公孫瓚は答えない。
だが、蔑みすら混じった眼差しは、彼の真意を雄弁に物語る。

――貴様では相手に不足

そう、言っている。
己を抱くに相応しいと見れば、暴かずとも自ら体を開こうものを――と。

「ふ、ふ…おもしろい!」
炯炯と光る眼を受けた、董卓の笑声は、いささか哀れみと嘲笑を交えていた。
今、己に犯されようとしている若者は、この陵辱に抗うほどの力を持たないからだ。もっとも、彼はそれをよく解っているのだろう。分厚い刺繍の下で、静かに宙を見つめている。
「惜しいわ、貴様が女であれば……わしが飼いならし、枕席に侍らせたものを」
そのときだけ、公孫瓚の瞳が薄く嗤った。
「俺が女であろうと、同じことじゃ…」

下肢が開かれ、巨大な手が腿をすくい上げるのがわかった。
この後に打ち込まれる衝撃と、計り知れぬ苦痛を覚悟して、静かに目を閉じた。
かみ締める奥歯が熱い。
けして声を漏らすことがないようにと、そればかりを考えていた。

「よいわ、下がれ」

途方もなく長く、短い沈黙を間に、あっさりと足は解放された。
閉じていた瞼の下から、鋭く大きい目が蘇る。
すっと身を起こすと、裂けた絹の上からつややかな銀髪がこぼれかかった。
「気まぐれか」
呆れたような、吐き捨てるような言葉を呟いて、繍の被布を着け直した。
それですっかり、破られた衣裳も暴かれた肌も、何もかも覆い隠された。

「気に入った。――が、側に置くほどではない」

少なくとも、衣を裂き、白い肌を暴くよりは、あらわになった肌を覆い隠すほうが興があると感じる。

「少なくとも、雄ではある。が、英ではない」

それだけ言い残すと、公孫瓚は悠然、部屋を出て行った。







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