写本

□青衛霖北
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なぜ

 それが、捕らえられた後、公孫瓚がひたすら考え続けていることだった。

――なぜ、あと一息早く、自刎しなかったか。

 そうすれば、このような生き恥をさらすことはなかった。
 詮ない悔嘆と解っていても悔やまずにはいられない、胸を拉ぎ潰すような後悔。
 憤りに見開かれた瞳から、一筋、涙が流れた。



「けだものか、あれは」
 報告を受けた袁紹は苦笑した。
 この期に及んで、まさかそれほど凄惨な行動に出るとは思わなかった。
 目を覚まし、己の置かれた状況を把握した公孫瓚は、凄まじい抵抗を見せた。暴れる彼を押さえつけようとした兵卒が、蹴り倒された挙げ句に喉を食いちぎられたのだ。
 公孫瓚にとって、屈服するなどありえない。その牙は折れないことを、暗い檻の中で身をもって示していた。
「それにしても、だ」
 喉笛を食いちぎるとは、いささか趣味が悪い。
「人を畏れぬ白馬には、調教が必要だな」
 唇を歪めた袁紹の、その言葉には、愉悦の裏に陰湿な愛執が絡みついている。
 ただ独りの貴人を獲るため莫大な力を費やすことは、袁紹の中で矛盾した行為ではないのだ。
「逢紀」
「はい」
「あれは生きてるか?」
「まあ、見苦しくない程度には……」
「よろしい、引き出せ」
 命じると、傍らの長剣を掴んで立ち上がる。
 その瞬間、彼はもう王者である。





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