「…誰じゃ」 気配に聡い習性は失われていないようだ。 「この館の客だ」 於夫羅が答えると、寝台の上の影が静かに起き上がった。 「……またか」 幽かなため息をついて向き直った姿は、長い銀髪に遮られてはいるが、確かに美しい。 そして、玉石を嵌めた精緻な細工の首輪、そこから伸びる無骨な鎖が、この虜囚のすべてを物語っている。 「麹義に頼まれたか」 「そんなところだ」 別に会話がしたいわけでなし、無造作に褥の上へ押し倒す。 白く引き締まった肉体へ身を近づけた時、かすかに息を吸う音とが聞こえ、少し遅れて、組み敷いた肌膚が僅か震えた。 「怖いのか」 「…っ!…誰が…!」 「震えている」 「それが何じゃ…抱くのに支障はなかろうが」 口調は強いが、鋭い眼光には明確な諦観が沈んでいる。 本能的な恐怖。 ここへ来るまでの間、どんな陵辱を受けてきたのか――想像するだに妖艶で、おぞましい。何十何百と弄ばれ、ここでは生ける玩具。そういうところだろう。 唇や髪を弄うように触れられても、公孫瓚は身動きすらしない。すでに諦めている。 ただ、硬い表情の中に、未だ僅かな生気が残っている。 「昔と何ら変わらん…」 その言葉に、公孫瓚はかすかに目を開いた。 「貴様は……」 「敵だった。思い出せたら大したものだ」 「……そんなもの、何度討ったか覚えておらん」 「その昔、匈奴がお前の領土を大挙して侵しただろう」 公孫瓚は、まじまじと眼前の男を見つめた。 「於夫羅…單于、か……?」 「ご名答。……單于などと、もはや形ばかりの称号に過ぎんがな…」 硬く無骨だが長い指が、公孫瓚の顎にかかる。 「だが、少なくとも、お前に勝ることはできた」 途端、公孫瓚が手を振り払った。 「離せ!」 猛然と抗う矜持が、先程までの諦めを吹き飛ばしたかのようだ。 「逆らえばいい。俺が抱きたいのは――征服したいのは、そういうお前だ」 「ほざくな下衆がッ!俺は貴様など知らん!貴様ら禽獣に抱かれるなど、誰が――!」 「抱かれろ」 暴れ狂う髪の下に光る鎖を、勢いよく引いた。 「…っ!」 「我らを破ったお前は、真実、美しかった。俺は北虜の児だ、欲すれば奪う。俺は誇り高い白馬長史を奪いたかった…それだけだ」 もう一度、鎖を引く。首輪を飾る玉が澄んだ音で鳴り響いた。 公孫瓚は再び口を閉じた。ただ、その眼差しは怒りに満ちている。 「お前に敗れた時から、俺はお前を追い、お前を凌駕することを望んだ。いや、あの時から、お前を恋うていたのかもしれん」 顔を背ける公孫瓚に、於夫羅は一切の躊躇を見せなかった。 「お前は、俺に畏怖と脅威と、ある種の理想を植え付けたのだ……公孫伯珪…!」 |