劉玄徳は不可解な男だった。 あけっぴろげで人懐っこく、よく笑い、よく話す。 だが、よく喋る割に軽薄ではなく、都や地方の情勢に驚くほど通じていた。 彼の周囲には、いつも人だかりができていたし、何かと話題の中心だった。 ただ、公孫瓚だけは、明朗な笑顔で受け答えする劉備を見て、 (腹の底を見せぬ男だ) と感じていた。 もともと、公孫瓚は礼を失せず振舞ってはいたが、人に心を許したことがない。 その意味では、同属嫌悪のようなものだったのかもしれない。 彼はほとんど、劉備に話しかけなかった。 ところが、劉備はなぜか、公孫瓚を興味深げに眺めてくるのだ。 話しかけこそしないものの、こちらを興味津々といった様子で見つめてくる。 その視線がうっとおしく、公孫瓚はあからさまに無視した。 時折、運悪く目が合うと、劉備は人懐っこい、いたずらっこのような顔で笑い、小さく手を振ったりした。 (なんだ、このぶしつけな男は!) 年齢にそぐわぬ振る舞いが不愉快で、思い切り睨みつけてやるのだが、劉備はいっかな、頓着していなかった。 「貴様、何のつもりだ」 たまりかねた公孫瓚は、人気のない時を見計らって、劉備につめよった。 「いつも俺のことを眺めて、無礼にもほどがある」 そう言うと、ようやく劉備は得心したような表情になった。 「ああ、これは失礼」 にっこり笑うと、いきなり顔を近づけてきた。 「貴様、何の――」 「あなたは私に似てらっしゃるなあ、と」 「な…」 あまりの奇妙な言葉に、公孫瓚は怒鳴りつけるのも忘れて、絶句した。 「あなたも、そう感じてるんでしょう?」 にっ、と人の悪い笑みを浮かべた。 公孫瓚は、これがこいつの本性だと思った。 「自分を隠しておいでだ。たやすく心を許さない、心を見せない。でも、信じる人は見つけたい。違いますか?」 人懐っこい、くりくりとした目が見上げている。 公孫瓚は、無言でその目を睨み返した。 沈黙は時として、何よりも雄弁な答えになる。 劉備は顔を離すと、今度は朗らかに、にっこりと微笑んだ。 「あたりだ」 そこへ、誰か談笑する声が近づいてきた。 「おや、残念」 「……」 「また、ゆっくりお話しましょう、伯珪兄」 ちゃっかりと字を呼んで、劉備は離れていった。 思えば、彼とまともに話したのはこれが初めてだ。 その印象はといえば、ぶしつけでなれなれしくて得体の知れない、この上なく不可解で不機嫌な気持ちにさせられる男だった。 それなのに、劉備があっさり離れていくと、惜しいような気分になった。 しかも忌々しいことに、「不機嫌な気持ち」というのは、「面白い話を聞かせるそぶりを見せながら、あっさり止めてしまう」ような相手に抱く「不機嫌な気持ち」に近いのだった。 (変な男じゃ…!) 大きな赤い瞳が、すらりとした後姿を、いつまでも睨みつけていた。 それが、ある意味ではこの二人らしい、長い付き合いの始まりだった。 |