彼と交わすくちづけが好きだ。 謎めいた笑いを浮かべながら、ゆっくりと、深く、とても深く。 近づく体温。静かな――けして欲望にうわずらない――呼吸。唇が触れる前に感じる感覚すべてが、密やかな快楽と感じる。 そのまま濡れた粘膜の中へ迎えられて、唇と舌と腔だけでたわぶれる。 それは口唇を使った淫(たわ)ぶれの情事だ。 細くて柔らかい髭の感触は、まぎれもない彼のものだ。 髭と同じような細い髪は、きれいに編まれて、思わず襟を握っている手にかかったりする。そのとき髪からふと匂う、薄い香料がいとおしい。 褥の中であれば、そのまま押し倒されて、ほどけた長い髪が自分の周りに優しく帳を作ってくれる。 白昼であれば、やりばのない熱情を込めて、絹紐のようなそれを掴んでやるまで。 陶然とする瞬間が過ぎて、ふと息を継ぎたくなると、いつも彼が察したように唇を離す。 なぜわかるのか、聞いてみたが、彼もよくわからないようだ。 それはともかく、唇を離した直後、最初に目に入る司馬懿の表情――年上の余裕と、他人には決して見せない、ふしぎな優しさを湛えた眼差しは、曹丕がもっとも好きな表情のひとつだ。 そして、濡れた唇を舐めながら、紅い目元をきゅっと微笑に染める、妖艶なのに子供っぽい曹丕のしぐさが、司馬懿のお気に入りだ。 「なあ」 時折、我慢が効かないのか、悪戯っぽい挑発なのか、細い黒い指先が差し招いてくることがある。 「続き、しよう」 わざといとけない言葉遣いで、にんまりと笑いながら誘ってくる様は、ぞくぞくするほど妖しく、艶やかに過ぎる。 断ったら、 「……ばか」 つまらなさそうに鼻を鳴らし、すねたようにさっさと机へと戻ってしまう。 その様子が、また司馬懿にはいとおしく思える。 では、誘いに乗ってみたら? 扉一枚隔てた公の密室で、気まぐれで残酷な美人を犯すことになる。 嫌がるのを口づけで黙らせて、無理やり抱いてしまえば、後はおとなしく乱れてくれる。 どんな風であろうが、結局、曹丕は司馬懿の指先や囁きを待っているのだ。 そういう自負が司馬懿にはあるし、曹丕は曹丕で、いつだって彼を自由にできるのは自分だと、愛しさと背反の優越感で甘えを見せる。 ふたりのやり方は、こういうものだ。 |