熱の塊だと思う。 圧倒的な重量の血肉。 目覚めて側に在るとき、そして、己を抱くとき、激しい熱をおびた肉体に押し潰される気がする。 すっかり筋肉が落ちて、肌ばかり白くなっていく己の体を見るとき、重い量感は恐怖にも似た感情を抱かせる。 「おい、どうした」 側へ寄っても公孫瓚が上の空であるのは、いつものことだ。 やはり最初の頃にやりすぎたか、と袁紹が思うのも、いつものことだ。 「伯珪」 そっと近づく手に、触れようとする指に、思わず肌が震えた。 彼の体が微かでゆるぎない拒絶を示すのも、いつものことだ。止めようと思っても止まらないらしいことはわかっているから、かまわず褥へ引き倒す。 「怖いか?」 笑いながら問えば、公孫瓚は醒めたような目で見上げる。 「従うしかないのだろうが」 今更、決まりきったことを聞くな――赤みがかった銀色の目が、うんざりとまたたいていた。 「興醒めなやつだ」 口ではそう言いながら、手はいとおしげに生意気な唇を弄ぶ。 「昔の悍馬の様なお前が懐かしい」 微かに公孫瓚の目が瞠かれた。 「もっとも、調教したのは俺だが…」 全て知っていて、そんなことを言う。 怒りや憤懣、決して口にすることができない感情が、銀の瞳を暗く輝かせた。 だが、何も言えない。言ってしまえば、全てが最悪の末路に終わる。 「口答えしなくなったのは、良い事だ」 耳元へわだかまる低い笑声に、公孫瓚はやるせない嘆息とともに目を閉じた。 何もかも慣れきってしまった。 見た目よりずっと量感があるとか、挿れられるときはいつも本能的に怖い、とか、そんなことぐらいは思うが、後はあまり考えない。 考えなくとも終わってしまうし、終わるまでには意識が飛ぶ。 忌々しいほど巧いのが、ほんとうに忌々しい。 「好いぞ、伯珪」 時折、袁紹はそんなことを言う。 「俺を喜ばせるのは、ただお前だけだ。お前は俺を満たす」 そういう意味で“好い”のだそうだ。 体中の血と熱が、頭と股間に渦巻くような一瞬、そんなことを思い出す。 自分の今は肉欲に浮遊する奴隷で、魅せられる優しさも偽りにすぎないだろう。 僅かでも慰められる言葉が欲しいと、すがる自分が疎ましく、恐ろしい。 優しさに這いずる心が首をもたげたなら、今の自分はきっと、見るも無残に腐れ落ちる。 「嫌じゃ…」 朦朧とする意識の中で呟けば、涙がこぼれた。 公孫瓚が意識を他に向けているのはいつものことで、袁紹は気にも留めなかった。 他愛もない意地で、またつまらぬことをつらつらと考えているのだろう。 「嫌じゃ」 思わず、動きが止まる。 この男が泣くのは、珍しい。 当人は涙を流したことさえ、気付いていないようだ。 「どうした…」 汗ばみ蕩けた顔で、そんなことまで言った。 呆れたついでに少しばかり腹立たしくて、袁紹は少しばかり荒々しく口づけた。 「嫌だ、と言っていたぞ」 「ああ…」 そんなことか、と公孫瓚は体を弛緩させた。 「お前にほだされたら、一体、今の俺はどうなるのかと、な」 「俺は優しいか」 優しく愛撫を再開しながら、聞いてみる。 伯珪は笑いながら、呟いた。 「嘘でも、優しい」 重く熱い質量にすがる己の、なんと愚かなことか。 「愚かこそ、愛よ」 息を乱して笑う男に縋る、己こそ愚かだ。 end |