写本

□夜話
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第一夜



ほんとうに可愛らしいのだ、この白馬に乗った姫君は。
こちらの接吻へ応えようと、一心に唇を開き、舌を差し入れてくる、その仕草。
穠とした睫を伏せ、溜息のような声を漏らしながら、激しさを増す口中への愛撫にも付いてくる。
縋り付く手が行き場を求め、自分の上衣を握り締めるとき、心中ひそかな歓びすら感じる。
そうして、楽に呼吸をさせてやるために唇を離すと、必ず、名残惜しそうな声が喉の奥から漏れてくるのだ。

かすかに銀色の眉宇を寄せ、上気した頬で呼吸を整えている。
半ば開いた唇は、今しがたの戯れに熱を帯び、常にはない赤みを含む。
無雑作にはだけられ滑らかな胸板があらわになったあわいは、呼吸の動きと上気した血の色に、確かな体温を見せていた。

「苦しかったか?」

「いや……」

小さくかぶりを振り、胸元へこぼれる銀髪を大きく後ろへと流した。
美しい蔭を宿す、独特の美貌が現われる。
銀色の光彩を帯びた、赤みがかった淡い色の瞳が、孫堅の青白い瞳を見上げる。
「どうした?」
優しく胸元へ引き倒しながら、孫堅が問う。
答えは無く、銀の髪が胸元へさらりと落ちかかる。
「可愛いな、伯珪は」
髪を梳き撫でてやれば、憮然とした声が胸元から上がってきた。
「子供扱いするな」
その声のあまりに可愛らしい拗ね方に、唇が緩んだ。
白馬の姫君は、山より高い矜持をお持ちなのだということを忘れていた。

「子供扱いなどしておらん」

軽く、顎へ指をかけ、唇の感触を確かめるような口づけをする。
触れるような柔らかさではなく、かといって、貪るでもない。
その持て余すような感覚が、どこか、彼の余裕を感じさせて、公孫瓚には悔しい。

「子供にこんなことはせぬよ、そうだろう?」

暗闇にも淡く輝く瞳を覗き込むように、いたずらっぽく笑う、その笑顔も。
そうやって、甘やかしてくれるから、自分はますます子供じみてしまうのだと、彼のせいにしておこう。
「まだ、足りん…」
今度は、公孫瓚の指が触れる番だ。
「いけない姫君だ…」
耳をくすぐる囁きへ挑発的に微笑んで見せれば、孫堅の目が満足げに笑う。

「手加減はせぬぞ?」

その声は、残忍なほど優しい。
だから、身の内に熾る熱を吐き出すように、応えてやった。

「来い…」


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