「お久しぶりです、兄上」 一目で兄の不調を見抜いた曹植は、最初から気安い呼称で出迎えた。 それに安心したのか、常よりよほど弱々しい微笑だが、曹丕は笑った。 「まだ、堅い」 「え…?」 「わからぬか」 曹丕は、弟の髪をくしゃりと撫でた。 「兄さん、だ」 最も近しかった時の、呼び方。 曹植は笑って頷いた。 「はい、兄さん」 「ここが、いちばん落ち着く」 安楽椅子に身を沈めて、曹丕はそんなことを言った。 「さようでございますか」 その言葉が嬉しい。面映い。兄からこれほど率直に誉められるのは、久々だった。 はにかんだように微笑む弟を見つめていた曹丕は、小さな頭をぽんぽんと軽く撫でた。 「こんな風に心から笑う者が、いない」 寂しげな呟きに顔を上げると、いつものように思考の読めない真っ暗な瞳と目が合う。 ――お寂しいのですか 思わず聞きかけたが、こらえた。 聞いてしまえば、それは兄の矜持をいたく傷つける。 弱っていても、いや弱っているからこそ、誇り高い生き物は傷つくことを嫌う。 それに、事情を詮索するのは自分の役割ではない。 兄は、ここへ翼を休めに来たのだ。 だから、自分はじっと、木陰を作ればよい。 「植」 「はい」 す、と しなやかな腕が開いた。 「来い」 待ち望んでいた腕が、すがるものを求め、開いている。 「はい」 曹植は微笑み、その腕を、重荷を負う体を、抱きとめた。 「ご存分に」 優しい囁きに、背中へ回された手が、きゅっと力を込めるのがわかった。 ――随分と、お痩せになった 静かに抱きしめた、その体は薄い。 重みも、熱さえ失った体は、まるで… ――ばかなことを! 己を叱りつけて、ただ離すまい、逃すまいと、兄の肩へ額を寄せた。 天地の歩みは遅く、重く、それでいて唯一人に荷を負わせる。 今、兄の周囲を覆う人々は、その荷を知っていて追わせ、それでいて歩みが遅いと責め立てる。 自分たちが押し上げ、荷を負わせた者。その意思に逆らい、ただ自分たちの荷を押し付け、それでいて自分たちが全ての理非を握ろうとする。 その苦しみが、誰に解ろう。 誰が分かち合おう。 冷酷、非情と疎まれながら、務めを枉げず、ただ平穏な治世のため身を削り、荷を負う、彼のどこを責められようか。 「兄さん」 「なんだ」 「私は、いつまでも兄さんのお側におります」 「うん」 「いつでも、いつまでも、兄さんがお望みのまま、お側におりますよ…」 せめて、涙だけは、心ゆくまで流せるように。 負うた悲しみを、少しでも、ここに忘れてゆけるように。 「わかって、いる」 すがりつく腕が、愛しかった。 |