あの時、どうして彼女は、自分を選んだのだろうか。 彼女が死んだ今となっては、わからない。 あの時と同じように、しっとりと露を含んだ花を、摘んだ。 傾けると、一粒、二粒、水晶のような雫が、唇へ降りた。 夜明けの冷気に、濡れた唇が冷たい。 ふと、柔らかな花びらを食んでみた。 深い香りと、じんわり広がる苦み。 「…何をしている」 まるで、この花のような人の声が聞こえた。 「知らないんですか、兄さん」 もう一口、苦くて馨しい英を食いちぎる。 「菊の花は、食べられるのですよ」 そう言って、曹植はようやく振り向いた。 不機嫌そうな曹丕の眼差しとかち合う。 寝乱れて下りた黒髪の間から、ぞっとするほど冷たく、美しい視線が覗いている。 ――寝所では、もっと優しいのに。 腹立たしくて、手にしたいくつもの花を乱暴に投げ捨てた。 「おい…」 何か言いかけるのを、駆け寄って口づけでふさいでしまう。 唇の隙間から流れ込む、冷たく苦い液体――曹丕は反射的に顔を背けた。 「貴様、何を――」 「毒なんかじゃ、ありませんよ」 いたずらっぽく目を細める弟の表情に、曹丕は動揺を見せたことを後悔した。 「菊花の露です」 ひくり、と兄の体が震えた。 知っているのだ、その意味を。 そして、考えているのだろう。 甄洛が、何を思って、弟にも情けを向けたのか、と。 「ばかな兄さん…」 その青白い頬へ手を差し伸べた。 拒まれはしない。するはずもない。 「泣くな」 素っ気ない優しさが、酷く苦い。 「ほんとうに、ばかみたい…」 了 |