写本

□咲くや此花
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「子建さん、こちらへいらっしゃい」
憧れの美しい嫂に呼ばれた、甘美な胸の疼きは今でもはっきりと覚えている。

十三の時だった。
早暁に寒さを覚えるようになった初秋、嫂の甄洛に招かれた。
払暁、誰にも内緒で訪ねてくるように、と。
「お呼びですか、姉様」
白い頬を幾分か紅潮させた義弟を、甄洛はにこやかに手招いた。
「こっちですよ」
どこかくつろいだ可憐な微笑みは、曹植が成人前の少年だという気安さもあるのだろう。そればかりが、少しはがゆい。
案内されるまま内院へ出ると、目をみはった。
鮮やかな菊花が咲き乱れ、高貴な芳香が漂っていた。
「これをお見せしたかったのよ」
明け初める曙光に照らされた甄洛の姿は、菊の香気が凝った花精のようだ。
その繊手が、不意に黄金の英を手折った。
「あっ…」
思わず小さな声を上げた曹植に、甄洛は優しく微笑み、摘み取った花へ口づけた。
そうして、もう一輪、今度は曹植へと差し出した。
「菊の朝露は、すべてを祓い、命を保つといいます。子建さんの健やかなることをお祈りして…」
そう言って、匂いたつように艶やかな笑みを浮かべる。
それだけで、涙が出そうな程の激しい何かが、曹植の胸いっぱいにせり上がってきた。
「ありがとう、ございます…姉様…」
そう答えるだけで、精一杯だった。
唇へしめした朝露は、涼しい香気をまといながらも、苦かった。




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