写本

□玉蘭辞
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「知っているか?」

 陰陽の双剣をかざし、鎖の音も錚々と、優美な長身が舞い上がる。

「古の巫は、こうやって神を呼んだ」

 軽やかな跳躍から、とん、と浅く爪先が地に触れ、すぐさま腰を落とし、昇るように伸び上がる。
 しなやかに腰をひねり、構える腕はすらりと、あくまで高く。
 花曇りに鈍く輝く双剣は、その長身に見合うだけの拵え。
 にもかかわらず、飛翔にも似た剣舞は絹のごとく艶やかに、軽い。

――嫋嫋秋風
    洞庭波、木葉下

「汀に登り、君を待つ。君は我が胸にあり、されど告げず」
 芳香がただよい始める。
 舞に踏みしだかれた香草が、せせらぎに交じり、澄んだ香気を放つ。
 それは剣が空を裂くごとに、裳裾が翻るごとに、あるいは馥郁と、あるいは微かに、満ちて彼の人を彩る。

――室は水の中、蓮葉を葺き、
  あやめの壁、庭は貝紫

――棟木は肉桂、たるきは木蘭
  辛夷の手摺をたどり
       白止の堂上へ

「佳人は招き、我は行く」

――薜茘の帷、蘭恵の窓。
  石蘭を敷き、白玉で飾ろう

――蓮の甍に白止を重ね
  結わえるは野ばら

 百草、庭に満ち
 芳馨高く、花は溢るる
 さわさわと風の声。
 汀の波も豊かに、流れは川下る。
「九重の峰に神の出できて、我を求め、我をいざなう」
 不意に、なめらかな黒い腕が、ほっそり尖った指先が、触れた。
 にやりと、皓い歯が咲った。
「子、予の善く窈窕たるを慕う」
 安心せよ、と、ひそやかに彼は笑う。

――俺は、いつでもいるよ。






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