事は想像以上に難航した。 公孫瓚が容易に本拠を明け渡さないことは解っていたが、彼は交渉すら受け容れなかったのだ。 「いっそ、兵事に訴えるべきではございませんか」 従事の鮮于輔が、険しい表情で進言した。 相手の態度が最初から硬化の一途であれば、すぐにも争いが起こるのは明白だった。話の糸口すら受け付けぬ相手が、わざわざ交渉に出向いてくるわけがない。こちらが先に攻め入られる事態も、十分に考えられる。 「勝機はございます」 鮮于銀も肯定した。彼はどちらかといえば穏健な考えの持ち主だが、こと、この問題に関してはタカ派ともいうべき意見を貫いている。 「公孫伯珪の統治は武断の類。自ら悪政を行なう愚は犯しませんが、すすんで善政を施すほど賢良ではありません」 「……兵を起こせば勝てると?」 「我々だけでは、さすがに荷が勝ちすぎます。袁公と誼を通じ、後ろ盾になっていただくのです」 「袁本初か…」 劉虞は物憂げに呟いた。 あわよくば自分を擁立して政争の一端を担わせようとした相手である。できれば緊密にはなりたくない。 それに、袁紹は公孫瓚と敵対関係にある。もし、劉虞と袁紹に行き来があると公孫瓚 が知れば、それこそ彼は劉虞を敵とみなし、問答無用で攻撃するに違いない。 「公弼、子雍」 しばらく沈思していた劉虞は、静かに、忠実な腹心たちの字を呼ぶ。 「今は、各々の勢力が緊張している状況だ。性急に動いて事を荒立て、彼らを刺激するのは得策ではない。まずは、薊侯を交渉の場に呼び出すことを優先する」 主君の決定であれば、二人に否やはない。 「彼が胸襟を開き、あるいは、その言を聞き入れる人物はいるだろうか」 矜持が高く、容易に人を信用しない公孫瓚を動かせるほど、影響力のある人物は。 「その師である盧子幹どのでしょう」 鮮于輔は、言いながら僅かに眉をひそめた。 「ただ、盧公は袁氏の賓客として迎えられております。逆に公孫伯珪の怒りを買う恐れもございますが…」 「であろうな……」 ふと、劉虞の脳裏に、ある人物がひらめいた。 「ああ、待て…もう一人、いる」 「は…」 鮮于輔と鮮于銀は顔を見合わせた。 無理もない。なぜなら、劉虞自身さえ、顔を合わせたのは片手で足りるほどしかない。 それでも印象に残るのは、短い会談で心を捉える、得体の知れぬ度量のためだった。 「あるいは、彼のほうが適任かもしれない」 |