はっと目覚めて、いまだ払暁にもいたらぬ夜明け前と知る。 みだれにみだれた髪をかき上げ、隣を見下ろせば、実に無防備な寝顔を見せて、曹丕は眠っていた。 いいかげんにまとわれた夜着から、青白い喉や肩がはだけ、紅い墨跡が覗いている。 もっと深く合わせをくつろげてやれば、まだらに散った違う赤色が残っているはずだ。 誰も見ることのできない、ただ、己と彼しか知りえない、痕。 もとより頑固な彼は、思い通りに泣いてくれたことなどない。 その代わり、もっと扇情的な仕草や、吐息や、呻きが、どんな悲鳴よりも悩ましく、彼を辱めるのだ。 束の間の惰眠を貪る高貴な黒猫は、老獪な狼の傍らにあって、この上もなく心地よさそうな表情でまどろむ。 その爪で肌を切り裂いてくれるなら、自分は牙で喉に噛み付いてやるのだ。 白い犬歯もあらわに喘ぐなら、逆に指を差し出そう。 押し殺した声が歯形となって刻まれるとき、高すぎるほどの誇りは、たちまち羞恥となって彼自身へ跳ね返ってくるのだから。 紅のせいなどではない、赤く染まった彼の目元を見るとき、確かに彼は自分のもので、自分は彼のものなのだと感じる。 見下ろす狼の目に気づいたか、高貴な猫は目を覚ました。 「どうした」 灰色の絹糸のような髭をくるくる弄びながら、曹丕は微笑む。 眠たげで気だるげな微笑。寝起きの人間の表情は、やわやわと頼りない。 それを、食べたいほど愛おしく、ふるいつきたいほどいやらしく感じてしまうのは、もう末期的だと思った。 「なあ、おい」 「はい」 ぐい、と髭を引っ張られた。 「この助平」 「は…?」 「食いたい、って顔をしてるぞ」 眠いからか、普段よりもぞんざいで粗雑な挙措言動。 「しょうのないやつ…」 ――食べたいか? 問われて、思わず頷きそうになったが、とろんとした表情を見ていると、そんな欲望は口にしがたくなる。 「楽しみは、とっておきましょう」 「いいだろう」 くぁ、と軽いあくび。潤んだ睫毛が二、三またたいて、静かに閉じる。 あっという間に眠りへ引き返していった主を眺めながら、このありふれた後朝のやりとりを、なぜか忘れない気がしてきた。 了 |