五月五日、端午。 この日、江南では、悲運の大夫・屈原の霊を慰める祭りを行なう。 祠に菖蒲と五色の糸で縛った粽を供え、あるいは江に捧げ、汨羅に沈み坐す神霊を鎮めるのだ。 捧げられるのは食べ物だけではない。 その目をも楽しませるため、神聖にして勇壮な遊興が供される。 「では、これより、乾坤一擲の競漕を行なう!」 周瑜の声に、川べりの群集が歓声を上げた。 「早く神標に到達した舟の勝ちとする!各々、力の限り漕がれよ!」 兵は各々の武器を鳴らし、船上の者は船べりを叩く。 「興覇!お前だけには絶対に負けねえ!」 「ハッ、望むところだ!言っとくが、競漕は一人だけいきがっても勝てねぇぞ!」 「何だと!?」 早くも火花を散らす凌統と甘寧に、乾船の舵取りである呂蒙は深々と溜息をついた。 「相手の調子に乗せられてどうする…」 「興覇どのは、荒っぽく見えて知恵がある。せいぜい公績を焚きつけとこうって腹でしょう」 徐盛の言葉に、呂蒙は今一度深々と溜息をついた。 そこへ、水面を検分していた朱然が声をかける。 「呂都督、作戦は昨夜のとおりでよろしいですね?」 「うむ、最初の五身で速度を整え、次の五身で速度を上げる」 半里ほど先には、目指す神標が見える。 「基本はひたすらまっすぐ」 「相手がこちらへ迫ってきたら迫り返す」 「相手が回りこんで先制しようとしたら、こっちも避けて回り込め、だったな」 孫桓、陸遜、太史慈が作戦を確認しあえば、蒋欽が自身ありげにオールを叩いた。 「後ろは、俺と董将軍に任せときな。尻が上がるくらい漕いでやるぜ」 「お任せあれ!」 一方、坤船には年長の宿臣らが多めに当てられているせいか、勝手知ったる気安さか、どこかのんびりとしている。 「興覇どの、そう逸りなさるな」 韓当がのんびりと諌めれば、 「へへっ、心配ご無用。ちょいと煽って、足並みを乱れさせとこうと思ってね」 大きな銅鈴を凛と鳴らし、舳先にすっくと立つ姿は、遊侠の頭目を張っていただけあって、実に様になっている。 「で、子衡さん、作戦は?」 「ない」 「…は?」 「強いて言うなら、敢えて正攻法でいく、ということだな」 呂範の言葉に、程普は腕組みしながら頷く。 「ふむ、小細工を弄しては、かえって不利になりかねん。そういうことじゃな」 「ご名答」 「最初の十身が勝負どころですね」 朱治は、息子の乗る乾船へ視線を走らせた。 「俺、頑張ッテ漕グ。四進デ速度ヲアゲレバ勝テルカ?」 「理論的には。…ただ、後半に力を失わぬようにしなくてはなりません」 「そうであれば、幼平どのの出番だな」 祖茂が笑って背後を振り向く。 「漢の意地で、なんとかしてもらおうではないか」 「お、俺ですか?」 「おお、それは良いのう!」 「ううむ…黄将軍まで仰ってくださるなら…。心得ました、後ろはお任せくだされ」 水面を震わせて銅鑼の音が響き渡った。 「群議そこまで!」 乾坤ふたつの船は、ぴりぴりと心地よい緊張を放つ。 周瑜の腕が、青天にすっくと伸ばされた。 一瞬、喧騒がやんだ。 群集が固唾を呑んで見守る中。 「はじめ!」 白い腕が鋭く振り下ろされ、途端、割れんばかりの歓声が江のほとりを揺るがした。 |