写本

□寂寥
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「お前、寂しくはないのか」

 縁談を断ったという公孫瓚に、思わず尋ねた。
 すると、このどことなく透明な鋭さを持つ人は、二、三またたいて、こう言った。
「お前はどうだ?」
「俺が…?」
「寂しくはないのか?」
 改めて問われれば、ふと、馬超はためらった。
「わからん」
 この世に、家族と呼べる者は二人しかいない。長きにわたって支えあった従弟と、未だ父を信ずることのできない我が子と。それなのに、改めて寂しいかと問われれば、即答できない。
 だから、もう一度、尋ねてみた。
「では、あんたはどうなのだ、寂しくはないのか」
「俺か?」
 ふと、彼は笑う。
「わからん……忘れてしまった」
「忘れた…?」
 戸惑うような馬超の声を後目に、銀色の髪が回廊にたなびく。
「俺にも、息子がいた。名を続といってな」
「…今は、どうしている」
「死んだよ」
「そうか」
「十数年も前になるかの……あっけないものじゃ。戦場で死なずとも、病には勝てなんだ」
 鵲でもあろうか、鳥が群なして飛んでいく。
大きな赤い瞳が何を映しているのか、馬超には解らない。
 知らないほうがいいのだと、思った。
「死のうの命を拾った子じゃ…生き延びてほしかったがな…」
 ぽつりと呟かれた言葉が、静かに、冬の湖面へ落ちていった。





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