「秦始皇、漢高祖より四百年。あなたは、何をお望みですか」 鋭利にして優しさを湛えた鳳眼が、ひたりと曹操の目を捉える。 悪童の顔が、目が、ひたりと鳳凰の視線を吸い込んだ。 「覇業」 明朗に迸った返答。 やはり。 「お前は後悔せんのか、文若。私のあり方は、状況次第で漢をも呑み込むかもしれん。それはお前の本意ではなかろうが」 「いかにも。私は漢室の臣たらんと思っておりますし、殿が今の情勢に満足されるお方でないことは、承知の上」 ですが、と、荀ケは言う。 「ですが、今、朝を朝たらしめる力が必要なのです。帝を戴き、その名の下に確固たる国があり、社会があり、百姓がある。それが朝であり治世です。そして、この四散した天下を集め、漢朝の治世を踏み固めるのが、主公・曹孟徳なのです」 「なかなか言う、文若。ならば、私が丞相であり、三公の上に位置して天子を仰ぐ身であるのは、どうする?」 「三公であれ丞相であれ、臣は臣。後世の史家は、実権があなたにあることを認めても、朝は漢たりと書くでしょう」 「ならば問う、文若」 素早く荀ケとの距離をつめると、耳元で低く低く囁いた 「実を得て更に名を求めんと欲して、お前は我に従うか?」 荀ケの鼓動が、かすかに震えた。 沈黙の中で、ただ、その身を包む芳気だけが待っている。 見下ろした荀ケの顔からは、完全に表情が消えていた。 にもかかわらず、今にも泣き出しそうに思えて。 「あなたは、そこまで高みに登ることを、望まれますまい」 答えていない返答に、しかし、曹操は目を細めた。 そのまま、短く応える。 「王佐の才、それでよい」 ――あなたは人臣の相にあらず。治世の人にあらず。 ならば何か。 ――乱世の奸雄なり! |