「おい、何をする…」 袷から差し込まれた手が、胸元をゆっくりとまさぐる。 その動きが示す意図は、あまりに明白だが、今の公孫瓚にとっては迷惑極まりない。 「今日は、無理じゃ…」 ぎろりと睨んでくるが、普段よりも紅い目元では、いかにもか弱く、力ない風情だ。 「だめだな、そんなに可愛らしいお前が悪い」 「ばかか、貴様…」 二人称から敬意の欠片も無くなってしまったが、もう止まらなかった。 「やめよ…よせ、今日は本当に…」 気が乗らない、と訴える声も無視して、熱い胸元へ食いついた。 「……本初…重いぞ…」 いつもと同じように愛撫しているだけなのだが、公孫瓚はぐいぐいと胸板を押し退けようとする。 「大人しくしろ、伯珪――」 「違う、本当に苦しい…」 仕方なく体を離してやれば、軽く咳き込んで、ふうっと息を吐く。 言ったとおり、本当に苦しかったようだ。 「これでは、俺一人が走っているようではないか」 情けなさそうな、つまらなそうな、どこか拗ねたような口調に、溜息が出た。 「だから、気が乗らんと言っただろう…」 正直、体もだるいし、まだ熱っぽい。会話だけで精一杯なのだ。形だけでも拒まなかったことを褒めてもらいたいくらいだ、と思った。 「疲れた、俺は寝るぞ」 襟を申し訳程度に合わせると、布団を肩まで引き上げる。 さすがに背は向けないが、もう情事の名残など欠片もない雰囲気ができてしまった。 気だるさと熱とで、早くもとろとろとした眠りが押し寄せてくる。 うつらうつらとしていれば、ようやく諦めたのか、隣にもぐりこんでくる気配がした。 「他の妾ならば、演じてでも喘いで、最後まで勤めようとするものだがな」 「だろうな」 「お前は、そんな演技はしない」 「当たり前じゃ。俺はお前を繋ぎ止める必要も無い」 にべもなく、飾りもしない答えに、相手はただ苦笑を浮かべるばかりだ。 「鄒忌にでもなったつもりか、本初。それとも、威王か?」 穏やかに揶揄する声は、しかし、常よりも小さく、低かった。 仕方あるまい、相手は病人だ、と己に言い聞かせて、眠る体へと腕を回す。 そのぬくもりを感じ取ったのか、睡眠と熱で温かな体はもぞもぞと丸まりながら、すり寄ってきた。 (こんな仕草は可愛らしいのになあ…) 銀色の針を含んだような赤い瞳が開いているときは、決して、すり寄ることも甘えることもしない。 だからこそ、媚態と、その裏に公然と秘められた欲望、権勢のしがらみに倦んだ自分は惹かれるのだが。 ――鄒忌か、威王か。 公孫瓚の言葉は、内寵の思惑を指しただけではあるまい。 家内の瑣事のために、大局を放棄して引き返す、自分の判断まで皮肉っているのだろう。 「明日には、ちゃんと戻る。だから嫌ったりするな…」 誰も見ることのない、覇者の翳りであった。 了 |