写本

□おとぎ話と天の星
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昔々、太秦のとある州に、ベツレヘムという小さな町がありました。
ある夜、旅の貧しい大工の夫婦が、この町に泊まろうとしましたが、宿がありません。
妻のほうは、もうすぐ赤ちゃんを産む体です。
仕方なく、夫婦は厩に泊まることにしました。



「厩なら俺だって泊まれるぜ!」
勢いよく口をはさむ甥に、話し手の孫静は苦笑した。
「君は男の子で、教練にも慣れているからね。でも、たとえば、翊を身ごもっていたときの義姉上を思い出してごらん」
「んぁ…えーと…」
「いつも元気なお義母さまが、辛そうにしてた…」
「そうだね、尚香。その上、長旅をして疲れた身だ、その婦人はどうしたいかな?」
「きちんとした寝床のある場所に泊まりたいと思うはずです」
「そのとおりだよ、権。でも、貧しくて厩に泊まるしかなかったんだ」
「女の人、可哀そう…叔父様、その人はどうなったの?」
不安げに訴える姪の頭を撫でると、孫静は続きを話す。

「厩に入ってしばらくすると、妻は産気づき――」
3人の子どもが息を飲む。
「無事に、玉のような男の子を産みました」
3人が、ほっと息をつく。



さて、所変わって、ベツレヘムの郊外。
羊飼いたちが空を見上げていると、大きくて明るい、見たことのない星が輝いています。
羊飼いたちが不思議がっていると、天帝の使いがやってきて、ベツレヘムの厩で天帝のご加護を受けた赤子が生まれた、と伝えます。
はるばる遠くからも3人の聖賢たちが、贈り物を持って赤子を訪ねてきました。
彼らは皆、赤子を伏し拝みました。
赤子はやがて、人々を大いに教化して敬われたということです。



「それって、お父様みたい!」
尚香が目を輝かせる。
「親父は太白精の力を受けてるんだもんな!」 
孫策も我がことのように自慢げだ。

兄妹の父であり、孫静の兄である孫堅は、その母が太白の精の宿る夢を見て生まれたと、もっぱらの評判だった。


「そう、君たちのお父様は、天下を救い、民を助ける志をお持ちだ。だから、君たちもお父様をよく支え、立派な子女になりなさい」
「おう!」
「はい!」
「はーい!」
賑やかな返事が響いたとき。

「静、うちのちびっこたちは――やっぱりここだったな」

顔をのぞかせたのは、孫堅その人。
「あっ、お父様ー!」
一番身の軽い尚香が、真っ先に飛びついた。
「尚香、抜けがけはずるいぞ!」
「ぼ、僕も…」
ぎゅうぎゅうと押し合いへしあい、大好きな父へ駆け寄っていく子どもたち。
それを笑って迎え入れる父親。

――天の加護があろうとなかろうと、良い家ではありませんか。

孫静は目を細めた。

「静、毎度ちびたちが世話になってるな」
「いいえ、楽しいですから」
「宴の用意が済んだらしい、行くぞ」
「はい」

ぱたぱたと駆け出していく子どもたちを見送りながら、大人たちが悠々と回廊を歩いていく。

「良い日ですね、兄様」
「ああ、そうだな」

まったくその通りだ、と微笑む兄を見て、孫静も笑う。

「本当に、良い日です」






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