写本

□董嬌饒
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 臘祭も間近に迫り、城下はどこかうきうきと華やいだ気分が漂っているが、城内は常日頃と変わらず調練の声が響き渡り、騎馬の砂塵が立ち上がっていた。
 少女である董白には、払暁の調練は関わりのないことだった。
 とはいえ、この城に滞在している将は、彼女以外、全て調練のために出払っている。
 そう考えると、自分だけのけ者にされているような、寂しくて不愉快な気持ちになった。

 ふと、内院を見れば。
 一面に凍てつく霜の中、冷たい朝日を浴びて輝く色があった。
「寒菊…」
 緑の葉、黄色の花弁にも、白く凍った冬の気がちりばめられている。
 にもかかわらず、その姿はまっすぐに立ち、真っ白な大地に明るい精彩を放っていた。
「ほう、寒菊か」
 背後の声に振り向くと、霜のように冷たく光る髪が寒風になびいていた。
「おはよう、小白」
 吐く息こそ白いが、朝の調練を終えてきた公孫瓚の額には、うっすらと汗すら浮かんでいる。
 どちらかといえば冷ややかな雰囲気の彼が、確かに血の通った人だと思わせる、そんな様子。
 思わず意識する自分に気付き、董白は慌てた。
「お、おはよう、伯珪」
 挨拶を返せば、公孫瓚は鷹揚な笑みを浮かべる。
「もう少し、寝ておればよかったのに」
 ぽん、と、その手が董白の頭に置かれた。
 孫堅ほど大きくはないし、騎兵にしては色白だが、確かに成人の男の手。
 それが、董白よりも幼い子へするのと同じような動作をとることが、気に食わなかった。
「馬鹿にしないで。私を誰だと思ってるの?」
 精一杯、堂々と答える少女に、公孫瓚は苦笑した。
「それはすまなんだな、渭陽君」
 少女には不釣合いな称号を呼んでやるが、揶揄交じりなのを見抜いたか、董白のふくれっつらは直らない。
「そうむくれるな、良いものをやるから」
「何よ、いい加減なこと――」
 言いかけた唇が、止まった。

 公孫瓚の手が、明るい黄色の英を手折る。
 それは、まっすぐに董白の頭上へ差し伸べられ、彼女の髪に咲いた。

 細い絹糸のような少女の黒髪に、光輝が華やぐ。
「ほう…似合うではないか」
 目を細めて呟く公孫瓚の視線が気恥ずかしくて、董白は慌てて目をそらした。
 その先には、朝日に霜も白露と変じつつある、寒菊。
「ねえ、伯珪。こんな話、知ってる?」




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