悔しいわ、と、女王は複雑な色の微笑を浮かべる。 「陛下は、いつも甄后さまのことばかり気になさる」 「そんなことはない」 「あります」 利発な皇后に間髪入れず言い返されて、曹丕はむうと黙った。 「呉王から香木が届いたら、甄后さまのお好きだった香りと同じ調合をなさる。西域から果実が届けば、甄后さまはこれで造った酒が好みだったと仰る。私の好みは、いつまでたっても覚えてくださらないのに」 呆れたように言う后に対して、曹丕はいまひとつ、思い当たらないという顔をしていた。 「ご自分では、気付いていらっしゃらないだけですよ」 あなたは、いつでもそう。 感情に任せて言いつのり、取り返しの付かないことを告げて。 必ず後悔なさるのだから。 「女王」 「はい」 「叡は……あれは、どうだ。俺に似ているか」 意味の取りにくい質問は、曹丕の癖のようなもの。 「似てらっしゃいます。あなただけでなく、曹家のお血筋ですわ。冷静なのに激しやすい」 「そうか」 曹丕は、軽く目を閉じた。 「国を支えうる器だと思うか」 「明君におなりでしょう」 「本当のことを言って構わん」 「そう言われましても……」 「激しやすいのは君主として短所ではないのか」 その一言に、女王ははっと胸を突かれる思いだった。 ――陛下はご存知だったのだ。 自分の激しやすいこと。 一度かっとなれば、綸言の重みも忘れて感情的な命令を出してしまうこと。 「元仲様は、激しい気質かもしれませんが、情の深い方です。ご心配要りません」 思ったままを言ってみた。 ただし、ちょっと言葉を変えて。 曹叡は祖父譲りの気性の激しさを持つ反面、繊細で過敏な心を秘めている。 それは心優しいことの裏返しでもあり、傷つくことを恐れる弱さでもある。 それが吉と出るか凶と出るかは、輔弼する臣下の人柄と資質によるのだろう。 曹丕は、ふっと微笑んだ。 「安心した。俺と同じ答えだ。……同じ庇い方をしてしまうか、お前も」 「申し訳ございません」 「よい。あれは優れた子だ。俺からしても」 それだけ言うと、曹丕は深々と息を吐き、長椅子へと伏せた。 疲れが抜けないのだ、と言う。 静かに、今まで腰掛けていた安楽椅子から立ち上がろうとしたとき。 「行くな、女王」 目を閉じたまま、彼女の夫は呼び止める。 再び座り直した女王は、ようやく浅い呼吸で眠りに就いた曹丕を、じっと見つめた。 (私はあなたの后だけれど…) ――あなたと私は、本当に夫婦なのかしら? 了 |