写本

□孤寒の人
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「おい、玄徳」
「なんです?」
「起きているなら、さっさと書類を仕上げてしまえ…」
 呆れたように言うと、立ち上がって窓のほうへと向かってしまう。
 そうすると、寐台に寝そべっている劉備からは、公孫瓚の姿が見えなくなる。
 劉備も諦めて立ち上がった。
机の上には、さっきまで公孫瓚が代書してくれていた決済の山が見える。
「増えも増えたり、ってとこだなあ」
「まったくじゃ。だからこそ早めの決済を、とは思わんか?」
「思うんですが、いまひとつ気が乗らなくて」
「それで、人の部屋に書簡の束を運ばせた挙句、自分は寐台でおくつろぎというわけか?」
「いや、そこはそれ、君主の特権ですよ」
「この陣営でいつからそんな人的余裕ができた」
 痛いところを突かれた。
 ぐっと言葉に詰まった劉備へ、公孫瓚は一本の書簡を見せる。
「見ろ、襄陽馬氏の推挙状じゃ」
「白眉?」
「そう、白眉じゃ。それに、向巨達とその甥の名も見たぞ」
「聞いてます」
「荊州の士人の多くは、曹操かお前の元に付いた。お前にはそれだけの技量と器があると、認められたわけじゃ。言い換えれば、この荊州の地は、お前か曹操かで争わなければならんということよ」
「ほとぼりが冷めたら孫権も出てくる」
「そうじゃの」
「それまでに、この地に居座る基盤を作る必要がある」
 居座る、というのは当たらずとも遠からず。あまり響きはよろしくないが、呉との盟約で主要な3郡を明け渡すと約束してしまったのだから、やはり、ふてぶてしく「居座る」と用いるべきなのだろう。
「そう、せっかく得た沃土じゃ。しっかり居座れ」
 大真面目に言い切る友人に、劉備は呵呵と大笑した。
 笑い事ではないと顔をしかめるのは見ないふりだ。
「いいか、玄徳、お前の軍は今まで強い基盤を持ってこなかった、無論、国らしい国もじゃ。だから、人も限られていた。だが、これからは違う。一つの地でできる限りの人物を集めなくては、お前に勝機はない」
「解ってますよ」
「ああ、解っていようとも」


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