写本・第二

□天地不仁
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天地は仁ならず、万物を以て雛狗と為す。





「なんだ、またお見えになったのですか」
出迎えた弟の反応は実にあっさりとしていた。
よこす手紙の情熱に比べ、普段の彼はどちらかといえば冷めていて、戦になるとたがが外れるような男だ。
それでも、何かしら不快なことがあると、いささか奇人のこの弟を訪ねたくなる。やはり曹丕自身、根は同じような気質であるのだろう。
「また家出?」
「…行幸にそのような無礼を放言するのは、お前ぐらいであろうな」
「仲達もそう言うと思うけど。ああ、もう言われて来たかな」
「…………」
「あはは、図星だ」
あまり立派とは言えない門扉に笑い声がはじけた。
「さあ、どうぞ。とにかくお入んなさい、陛下」
曹丕が睨み付ける間もなく、とん、と軽やかに敷居をまたぎ、屋内へ消えていった。





「今日は何だっていらしたの?」
魚の膾をつつきながら、曹植は訪ねる。
よく締まった魚は、土地の者が置いていったらしい。昔から妙な人徳のある弟だったと、曹丕は思い返す。
「どうせ仲達か長文先生とけんかでもしたんでしょ?」
「違う」
「それとも元仲殿が反抗期?そりゃ兄さんが悪い」
「貴様…」
怒るより先に呆れる。昔から、よくしゃべり、よく笑う弟だ。
そう言うと、曹植はまた笑う。
「俺は兄さんみたいに、感情を抑えたり矯めたりするのが苦手だから」
どうせ繕ってもボロが出る、と付け加えるのを忘れなかった。
「まあ、えてしてそのような奇人変人のほうが名を残す、ということは否定すまい」
「……それ、誉めてない」
「繕ったところで、綻びは隠せぬことは事実だろうからな」


「大丈夫ですよ」
鍋をかき回す手は止めず、そんなことを呟いた。
「誰かが忘れても、俺は覚えているよ」
おそらくは文皇帝とでも諡されるだろう、この難物の名君が、どんな政を行いどんな生涯を送ったのか、自分はすべて見てきたのだ。
「きっと、みんなは兄さんを悪く言うだろうから、俺は兄さんの良いところを書いてあげるよ」
そう言えば、兄は微苦笑のように唇を歪めた。
「執念深いな」
「兄さんに似たんだね、きっと」
「口の減らぬ…」
「それも褒め言葉」

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