写本・第二

□黄昏裡
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「秀吉は変わった」

愛用の三弦を爪弾きながら、元親は呟いた。
あまり手入れをしていないのか、少々、調子が狂っている。
耳障りだ、というように三成は顔をしかめた。

「強烈ではあったが、苛烈ではなかった」

まして、甥の妻子たちを咎なくして鏖殺するような男では、なかったはずだ。
少なくとも、元親が降伏した前後は、そうだった。
どこで箍が外れたのか、天下人は天下を喰い尽くしていった。

「秀吉様は――」
「最上の方が、亡くなったそうだ」

黄昏に緩んだ音色を乗せて、茫洋と呟く。
三成は、ぐっと両手を握り締めた。

娘のために奔走し、目の前で命が滑り落ちた、両親の無念はいかほどであっただろう。

「もう、誰も家に戻らぬ」

――誰も、豊家には戻らぬ

「そんなことはない!」

昂然と顔を上げた愚直な能吏を、元親は見下ろす。

「皆、豊臣の下に入り、豊臣の家にいた。もう、入る者はいない。あとは出て行くばかり」

「俺が守る」
もう誰も呼ばなくなった“名前”で、敬愛する主君を呼び続ける男は、そう言った。
「俺が、守って見せる…」

元親は「無理だ」とも「できる」とも言わなかった。
もはや自分がすべきことはないと、わかっていた。

「どこへ行く」

振り向いた元親は、ちょっと、笑った。

「夕暮れだ」

すでに、外は赤い。


「蝙蝠はねぐらへ帰るさ」


――これから長い長い夜が来る。






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