四尺の大刀を軽々と佩いた統虎は、寸分の隙なく甲冑と鎖帷子に固められた妻の戦装束を眺めた。 「勇んで陣を乱すような失態は、せぬようにな」 諫めるにしては挑発的な夫の言葉に、雷切を帯びた千代は鼻を鳴らす。 「ふん、貴様こそ、己が勇を恃んで軽はずみな真似はせぬことだ」 「その言葉、そっくりお前に返してやろう、“お嬢”」 「なっ…!」 日頃生真面目な夫の口から、まさか、あの男と同じ呼び名が出てこようとは。 してやったり、と、にんまり笑って先を歩む統虎の背中を、千代は思い切り睨み付けた。 「貴ッ様…!…それで勝ったと思うなよ!戦場で取り返してやるからな、馬鹿ぁーっ!」 館中に響かんと思うような怒鳴り声も、統虎はせせら笑って受け流す。 「はっ、やれるものならやってみよ」 「言ったな!?その言葉、忘れるでないぞ、後で吠え面かくな!」 「にぎやかですね…」 客間で茶を振舞われていた趙雲は、目をしばたかせて呟く。 彼の主君夫妻も、時折やりあうことはある。が、あの勝気な夫人も、ここまで派手ではない。 応対に出ていた薦野増時が苦笑交じりに頷くが、それでも、その笑いは温かい。 「ああやって派手にやり合うからこそ、夫婦仲がかみ合っておいでなのでは、と思いますが…」 「ああ、なるほど…」 にぎやかな夫婦が廊下を渡ってくる音が聞こえる。 兵練まで、あと数刻。 |