写本・第二

□虎嘯
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「お父上のこと、お悔やみ申し上げる」

「武人であれば致し方のないことだ。紹運様は――」
「なぜ、父と呼ばぬ」
鋭く遮られた。
「なぜ、この期に及んで父と呼ばぬ」
普段から斬りつけるような物言いの妻だが、今夜ははっきりとした怒気を含んでいる。
「紹運様との約定だ。――立花の家を継ぐからには、今後一切、父と呼び父と扱うこと無用。唯だ一心に、鑑連殿を父と敬い仕えるべし。そう言われて、俺は立花の者になった」
「ゆえに、父と呼ばぬが高橋殿への手向けと思うのか」
先ほどまでの尖った口調が嘘のように、ァ千代の声は小さく掠れていた。

――泣いているのか?

まさか、と思った。
妻が、自分の前で涙を見せるなどと。
それでも、振り返れない。
意地だった。



無言で背を向ける夫に、ァ千代は心底、腹が立った。
凛と大きな瞳に、涙が膨れ上がる。
内掛の袷を引きちぎらんばかりに握り締めた。
そうでなければ、殴りかかりそうになる。

「この…ッ、馬鹿!大たわけ!」

涙声など、もう判らない。

「死者へ手向けるのに、父と呼ぶくらいが何だ。貴様はそれほど狭量な男なのか。立花は義を通す家、だが、その義には情が通わねばならぬ。貴様は意地で道を突き進み、行き止まって動けずにいる大馬鹿者だ!」

だっ、と縁へ駆け上がる音に、ぴしゃりと障子を閉ざす音が続いた。

後に残るは静寂のみ。


統虎は、唇を噛んだ。
力いっぱいにかみ締めた。
血が滲んだ。
そうでもしなければ、怒りが唇を裂いて出そうだ。


「父上……!」


滂沱と流れる涙の中で、言葉にできたのは、ただそれだけであった。







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