写本・第二

□聖誕の朝
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その年でもひときわ凍てつく冬の一日。
凍える指先を絡めるように、ガラシャは祈る。
今日は特別な日。

「天上に坐す我らが父よ、唯だ御名のみ誉れを冠し、讃えられんことを。御国が来たらんことを。天におけると同じく、地にも御意の成らんことを」

鈴を転がすような声が、冬の冷気を静かに振るわせていく。

「今日この日の糧を与え給え。我が負い目ある人々を許すが如く、我が負い目をも赦し給え。悪しき誘惑に打ち克たせたまえ、悪しき手より救い出し給え」

不意に、口をつぐむ。
言葉にできぬ祈りも、沈黙のうちに聞き届けられると、知っている。

「かくのごとく成らしめ給え、アーメン」

祈りを締めくくると、戸口へ向き直った。
苦虫を噛み潰したかのような忠興は、しかし、律儀にも妻の祈りが終わるまで、室外で待っていたのだ。
「ようこそおいで下された!」
にっこり微笑むガラシャに、忠興は溜息をついた。
「耶蘇の教えは止めろと命じたはずだ」
「それはできませぬ」
「妻の頭は夫…そう説かれているのではなかったか」
「惜しむらくは、忠興様、続きはこうじゃ。『夫の頭はイエズスである』」
打てば響くような妻の聡明さが、このときばかりは恨めしい。
忠興は再び溜息をついて、用意された円座に腰を下ろした。

「玉」
「はい」
「沈黙している間、お前は何を祈っていた」

人に言えぬ祈りであれば、手を差し伸べることも適わなくなる。

だが、予想に反して、ガラシャの頬が見る間に真っ赤になった。
「お笑いにならぬか?」
「次第によってはな」
仏頂面で答える夫に、しばらくもじもじとしていたが。
「耳を、お貸し下され」
怪訝そうな顔になりながらも、言われたとおりに耳を傾ける。
恥ずかしさのあまり目をつぶって、ガラシャは口早に囁いた。


「忠興様に会わせ給え、と」


忠興の目が、丸くなった。
ガラシャのほうを見やれば、耳の先まで真っ赤になって、うつむいている。
「まったく…」
苦笑交じりに頭を撫でてやれば、ガラシャはちょっとむくれた。
「笑わぬと申されたではないか」
「次第によっては、と言うたはずだが?」
笑いながら、いっそ幼いほどの妻を抱きしめる。
「不思議だな、玉」
「何がじゃ?」
「決して合うことは無いというのに、お前と添い遂げたくてならぬ…」

ガラシャは、ふと笑った。

「玉は、忠興様の妻じゃ」










2008/12/25
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