写本・第二

□一個小心願
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「あなたは、何故、私を重用なさる」
司馬懿が問い尋ねれば、曹丕は笑う。
「使えるからだ」
「その心を知りながらも?」
今更何を、と曹丕は冷笑する。
「易姓は世の常。治める家が替わろうと、世が治世であれば、それでよかろう」
峻厳な主君の、穏やかな答え。
司馬懿は目を細めた。

最初、洛陽の康荘で似たような言葉を聞いたとき、あまりに恬淡とした答えに耳を疑ったものだ。

――民の泣かぬ道

厳格で冷徹、人を人とも思わぬ発言もしばしばである、彼の答え。
なぜか、その言葉にほっとする自身がいた。
それが、乱世を生き抜いた者の持つ、素直な心であろう。
この冷徹な君主は、理想を切り捨てる代わりに、治世の尊さも知っている。
覇道を容れ、力を用いながらも、乱世の恐ろしさを知っている。
知っているからこそ、情に惑わず、冷酷ともいえる判断を下す。
知っているからこそ、最も治世を維持するに相応しい道を探すことができる。

――見たい。

心からそう思った。
この男の天下、この男の治世。
司馬懿は、己の心に苦笑しながらも、認めざるを得なかった。

――ああ、この男に、魅せられてしまったようだ



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