柳川へ移封だと伝えたとき、案の定、妻は眦を吊り上げて一言、 「断る」 言い捨て、後は口もきかなかった。 「父上を苦しめた仇の地へ、なぜ移らねばならぬ。この立花を捨てて」 聞き分けのない、とは思わないが、この頑なさには手を焼かされる。 「移らねばならぬのだ」 「なぜだ」 「太閤のご命令だ」 噛んで含めるような口調にならざるを得ない。 「移るというなら、貴様ひとりで行けばよい」 「だが、お前だけ残るわけにはいかんぞ」 「羽柴ずれの命令などに従えるか」 「口が過ぎる」 ひとつ間違えれば討伐の口実に十分な発言だ。 無分別な物言いに苦笑した。 「下手をすれば攻められる」 「降るくらいならば抗うがよい」 「立花の家はどうなる」 「城を枕に戦い抜き、果てるがもののふの道であろう」 「後世に家名を保ち、家臣や民を守ることも、もののふの道だ」 ァ千代は、よほど夫の父の名を出そうとしたが、ぐっと堪えた。それだけはしてはならぬと、己を戒めるだけの分別はある。 「ならば、別れる」 これだけは譲らぬ、と背筋を伸ばして告げる妻を、統虎はまじまじと見つめていたが、やがて深く頷いた。 「わかった」 きゅっと朱唇を噛んで、ァ千代は顔を背けた。 まさか、引き止めてほしいなどと思うとは。 新館へ退去する日、最後まで夫の見送りに応えることができなかった。 それから、ァ千代は二度と、武具を取らなかった。 夫が関ヶ原から撤退してきたとき、家中を率いて鎮西の港へ迎えに出た彼女は、敢えてあでやかな打掛をまとった。 「派手にやられたな」 「ああ」 思うところはあろうが、屈託なく笑う表情はいつまでも変わらなかった。 もう刀は持たぬのか、とは、夫は聞かなかった。 自分の意地ぐらい、簡単に見抜くだろうとわかっていたからだ。 それから長いようで短い歳月。 水豊かな柳川からはるか離れた江戸の町で、妻の逝去を聞かされた。 そうか、とは言えなかった。 「ァ千代が、死んだか」 事実をすべて言わなければ、いけない気がした。 言ってから、ァ千代の寂寥を悟った。 この十数年、彼女はきっと、引き止めてほしかったのだろうかと、いまさらながらに思った。 ともに暮らせと、夫の立場から強引にでも、引き寄せればよかったのかもしれない。 ずっと、女ではないと気を張り続ける彼女を、「女」ではなく「立花ァ千代」として遇し続けた。 等しい立場として、等しい存在として、可能な限りは彼女の意を通した。 それが、本当に「ァ千代」を満たしていたのだろうか。 「妻」は、自分を求めていたのではないだろうか。 不器用で、感情の表現が難しかった彼女は、決して素直に甘えたりしなかったのに。 「すまんな、ァ千代」 ァ千代、という名前が、苦しかった。 |