写本・第二

□七夕
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七月七日は乞巧典。
この日、婦女子は盥に清水を張り、星明かりを映す水面の上で糸通しをする。
そうすると、裁縫が上達するのだといわれている。

「ああ、難しいなぁ!」
右手に赤い絹糸、左手に針を持ち、尚香はため息をつく。
そんな親友に、稲姫はくすりと笑った。
「癇を立てたってだめよ、尚香」
「だぁって……。稲は上手よね、袖とか裾だってすぐ直せるし」
「いつも信之様の御服を縫って差し上げるもの」
「まっ、おのろけごちそうさま!」
「だから、こうやって、星星にお願いするんじゃない?」
祭壇に飾られた五色の刺繍糸から、真新しい糸を引き抜いて尚香へ渡す。
「よおし、今度こそ…!」
弓腰姫の名に懸けて、裁縫の一つくらいこなしてみせる!…と、真剣そのものの表情で針穴を覗く。

(もっと縫い物の腕を上げて、玄徳様にすてきな衣裳を贈るんだから!)


静かに奮闘する姫君たち、その上にそよぐ竹林の上では、一つの影が器用に佇んでいる。
「にゃはん♪できた、っと!」
星明かりを集めた筆先が、つややかに輝く。
満足げにひらひらと梶の葉を揺らしながら、くのいちは人知れず、闇夜を跳ぶ。
七夕の星明かりを享けた水は、墨をも変えるのだという。美しい字が書けるようになると。
あきれるぐらい真っ直ぐな主人へ、便りを持ってひた走る。
離れた国で彼女の安否を気遣う人のため、精一杯の気持ちと、思いを込めた文字を携えて。






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