写本・第二

□佳色
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「三成」
ずいと目の前に朱盃を差し出され、香りに気付いた。
「菊酒か」
「安芸の隠居が秀吉様へ贈ってきた」
にやにやと面白がっている風の清正を見て、三成は盛大に顔をしかめた。

かつて、敵の大将であった彼をうっかり“死に損ない”と罵倒したことで、立花の夫婦あたりはいまだ根に持っているらしいし、悪いことに、謀神と畏怖された彼に完膚なきまでに逆襲された忌々しい記憶がある。

「俺はいらん」
「振る舞いだ、呑まんのは無礼だろう」
「いらんと言ったらいらん」
「ほお、いいのか」
「何がだ」
「魏の文帝いわく――」
ぴくりと三成の眉が動いたのを、清正は見逃さない。
「芳しき菊に至りては紛然として独り栄う。謹んで一束を奉らん、以て彭祖の術を助けん――わかるか、つまり」
言い終わるより早く、盃が引ったくられた。
香りはすこぶる高いが、あまり飲みやすいとは言い難い黄金の酒は、一気に飲み干されてしまった。
案の定、さっきよりもひどく顔をしかめている。
「神仙の聘物のつもりか、あいつめ」
「は?」
呆れ顔の清正を後目に、三成は廊下を蹴立てるように歩き出した。
「曹丕の差し金だ。毛利を抱き込んで俺をからかっている!」
「おい、どこ行くんだよ」
不機嫌さを隠そうともしない形相で、三成は振り向く。
「魏へ戻る!」

後に残された清正は、銀髪をかきながら盃を拾い上げた。
「何で判るんだか……」
そんなに通じるなら最初から魏で仲良くしていてくれ、と思いつつ、何ともいえない疲労感を覚える清正だった。









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