夏の日が傾き始める頃、稲姫は真田の陣へと戻ってきた。 もとより信幸は覚悟していた。 それでも妻を止めなかったのは、望みを捨てきれない、兄としての未練だった。 「止められませんでした…」 「稲…」 「私…幸村殿を止められなかった…」 信幸は、黙って妻を抱き寄せた。 冷たい胴丸にすがりつき、稲は泣いた。 「私の兄弟たちは、皆、往ってしまいました…!」 「行かないで」 「くのいち…」 「行かないで…」 「すまぬ…」 「行かないで、幸村さま…行かないでよう!」 「幸村さま、お願い…死なないで…生きてよ…生きて…生きてよ…!」 「あたし…ッ、あたし、幸村さまを守るから!絶対に守るから!だから、死なないで!あたしが死ぬまで任務を与えて!あたしは――」 「くのいち」 「あたしは…っ…」 「お前は、生き延びよ。生きて、おんなとして、幸せになれ」 「幸村さま……」 「お前を死なせたくない…」 「幸村…さま…」 「愛している」 |