「三成――あの子はね、生きにくい子なんだよ」 「そうだろうな」 茶碗に描かれたあやめの花びらを眺めて、曹丕は呟く。 「かどめを正そうと、己を律しすぎる」 柄杓から湯が注がれた。 「汚れた手を密かに清め、己が汚した物事をも密かに清める。――そうでなければ筋が通らぬと、考えているのだろうな」 しかも、筋を貫く姿勢を隠そうとするので、他者からは悪い部分だけしか見えない。 自分から貧乏くじを引いているようなものだ。 「陰徳に徹しすぎると、本来の徳まで陰ってしまう」 「もちろん、性分があるっていうのは解ってる。…解ってるけどね…」 ねねは寂しそうに視線を器に落とす。 「そうやって、あの子の良さまで隠れちゃって、ずっと悪い名前ばっかり残るんじゃないかって…」 「そうとは限るまい」 「子桓…」 「徒に盛名を馳せ、後の世に貶降されるより、悪評を被りながらも、少しずつ事績が明らかにされ、称えられるほうが、私は余程良いように思えるがな」 それは自分のことを言っているのだろうか。 しかし、ねねはそれ以上、問うことはしなかった。 「子桓」 「なんだ」 「子桓は、やっぱりいい子だよ」 先ほどとはうって変わって、にこにこと笑うねねに、曹丕は珍しく微苦笑を浮かべるのだった。 |