写本・第二

□蘭芝
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「三成――あの子はね、生きにくい子なんだよ」
「そうだろうな」
茶碗に描かれたあやめの花びらを眺めて、曹丕は呟く。
「かどめを正そうと、己を律しすぎる」
柄杓から湯が注がれた。

「汚れた手を密かに清め、己が汚した物事をも密かに清める。――そうでなければ筋が通らぬと、考えているのだろうな」

しかも、筋を貫く姿勢を隠そうとするので、他者からは悪い部分だけしか見えない。
自分から貧乏くじを引いているようなものだ。

「陰徳に徹しすぎると、本来の徳まで陰ってしまう」
「もちろん、性分があるっていうのは解ってる。…解ってるけどね…」
ねねは寂しそうに視線を器に落とす。

「そうやって、あの子の良さまで隠れちゃって、ずっと悪い名前ばっかり残るんじゃないかって…」
「そうとは限るまい」
「子桓…」
「徒に盛名を馳せ、後の世に貶降されるより、悪評を被りながらも、少しずつ事績が明らかにされ、称えられるほうが、私は余程良いように思えるがな」

それは自分のことを言っているのだろうか。
しかし、ねねはそれ以上、問うことはしなかった。
「子桓」
「なんだ」
「子桓は、やっぱりいい子だよ」
先ほどとはうって変わって、にこにこと笑うねねに、曹丕は珍しく微苦笑を浮かべるのだった。








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