「考え直しては頂けませんか」 身のこなしも軽く鞍へ跨った主へ、心配そうな声をかける。昨夜から、いや一旬も前から繰り返されたやり取りに、曹叡は不満そうな色を見せる。 「何故いけないのだ、子元」 「いけないというのでは……。せめて、私をお連れください。」 「許せば、お前は私を庇って無理をするだろう?」 「それでよいのです。あなたが傷を負われるよりも!」 「それは私が嫌だ。だから、お前の従軍は許さない」 「元仲様……!」 不満と落胆の色を隠さない司馬師に、曹叡は乗騎から降り、側へ寄った。白い手で端麗な顔を優しく挟む。 「お前の気遣いはありがたく思う。だが、祖父も父も出陣するのに、私だけ残れというか?」 「主を戦場へ出して留守居をしろと命ぜられるほうが、よほど不名誉です」 「有能な者に後方を任せるのは、戦の常道だ」 そうだろう、と、瞳を覗き込まれて、司馬師は何も言えなくなった。 「後方で楽をしろというわけではない。むしろ、前線よりも忍耐や判断が必要だ。お前ならやってくれるだろう?子元……」 そして、司馬師が何か言いかける前に、唇をふさいだ。 「元…仲、様…!」 戸惑う情人を抱きしめたまま、曹叡は耳元で囁く。 「許せ、子元。お前の気持ちはわかっている。お前を戦に出したくないのも、連れて行かないのも、お前と同じ気持ちからだ。だが、私は行きたいのだ。解ってくれないか、子元」 微かで、どこか甘い響きを持っているが、その底流には抑えきれない懇願と激情が存在する。 ――この方も、曹家の人であった。 諦めたように目を閉じ、司馬師は曹叡を抱き締め返した。 「承知いたしました。お心のままに行かれませ……」 「うん。……すまない、子元。」 素直に寄りかかってくる体を、強く抱きとめながら。 胸のうちに収めるにはあまりにも熱い想いを、これを限りと囁いた。 「ご武運を…!」 |