「伯符、あの城、お前ならどう攻める?」 公孫瓚の声を聞くのが、孫策は好きだ。 父親とよく似た、深く落ち着いた声だが、自信や気の強さが滲み出る。 強い者に対する憧れや、年長の男性に対する尊敬を込めた親しみ――およそ世の青年が抱く青年らしい憧憬を、孫策は余すところなく公孫瓚へ投影していた。 「山間の谷間を利用した砦だろ。まずはゆっくりと迫って、兵糧攻めを警戒させる」 要害は守りには強いが、それも兵站という点では弱い。実際に督糧軍を攻撃すれば効果はなお上がる。篭城する側は糧道を絶たれるのを恐れ、自然と平地に下りて来よう。 「元々、兵力では我らに劣る。山頂を確保するには、寄せ手と同等以上の兵力を必要とするものだ」 「だが、奴らは力攻めに出てこない。周りの糧道を獲るのに兵を多く回してる。ただの寄せ集めじゃないってことだ。だから、少しずつ締め上げて弱ったところを叩く……だろ?」 「ご名答。さすがだの、“小覇王”」 素直に誉められて、孫策は一瞬、その微笑に目を奪われた。 「よしてくれよ…何か、照れちまう…」 「そうか?初めて“小覇王”の呼び名を聞いたとき、なるほど、皆がお前を呼ぶにふさわしいと、俺は思ったものだが」 「あんたの“白馬長史”の重みには敵わねえよ…」 戦ってきた歳月もそうだが、公孫瓚への“白馬長史”という響きには、味方の敬意だけではなく、敵の畏怖も込められている。それだけの重みが“小覇王”にあるかと問われれば、孫策には自信がない。 もっとも、周瑜が聞けば、そこまで素直に謙る孫策に驚くだろう。 「親父の“蕩寇将軍”も、そうだ。雑号っていうんだろ?そんな大した称号じゃない、…でも、東呉の連中の言う“孫蕩寇”って称号は、特別に響くんだ。文字通り、“賊を討って、民を安んじる”…そういう、偉大な将軍そのものに聞こえる」 「…そうだの。俺も、そう感じる」 「だから、俺は、そういう重みのある呼ばれ方をする男になりてえんだ」 そう語る孫策の眼差しは、熱く、そして美しい。その若さにあまりある栄誉と名声を得ても、それに奢ることなく、むしろ栄誉に勝る実を求めんとする。そのために思いつめ、苦悩する小覇王の姿は、とても美しいと、公孫瓚は思う。 「よい志じゃ。より高く、より優れた在り様を求めるのは、大丈夫にふさわしい」 虎の子は、やはり虎――それも、志高き猛虎だ。 感じたままを誉めると、孫策の澄んだ眼差しが、よりいっそう強く輝いた。憧れの大人に誉めてもらえた、嬉しさと照れくささを秘めて。 「俺は、何より親父に認めてもらいたい。今まで、ずっとそう思ってきた」 「…そうか」 「これからは、あんたにも認めてもらえる男になりたい。そしたら、俺は本当の“王”になれる――そう信じてる」 まっすぐな強い眼差しに、公孫瓚は目を細めた。 「楽しみにしておる」 文台はまこと良い子を持った、と思う。そして、孫策は実に良い父を持った、と。 自分自身、“尊敬すべき父”を持たなかったがゆえに、なおのこと、そう思う。 「良き君主となれ、伯符」 「……おう」 |