小柄で品の良い老人だった。眉も頭髪もすっかり皓いが、足腰はしゃんと伸びている。 見事に生い茂った眉の下から、意外なほど毅い眼光が見えた。 「どうぞ、召し上がって下され」 真新しい食膳の並ぶ席を示す。 当然、公孫瓚のために用意したものだろう。湯気の上がる食器が心憎い。 「…では、有り難く」 箸を取った公孫瓚に、田豊はひょいと一礼して席を立った。 「失礼じゃが、中座いたしまする」 「どこへ行かれるのじゃ」 「少々、用を済ませて来ますのでな」 もう一度、一礼すると小さな土器の皿を抱え、すたすたと外へ出て行く。 何とはなし、この油断ならぬ老軍師に興味を覚えた。 しばらく食事を味わっていたが、やはり、気になる。 そっと物陰から伺うと、老翁は皿を地面に置き、何やら辺りを見回している。 探し物か、しばらく庭を歩き回っていたが、立ち止まって首をかしげた様子では、見つからないようだ。 (…何をしておるのじゃ?) 公孫瓚まで首をかしげた、その時。 足に柔らかなものがぞわぞわと触れた。 「う、わ…っ!?」 思わず変な声が出る。 慌てて見た足下に、白いもこ毛がすり寄り、 「なー」 のん気に鳴き声を上げた。 「ね、猫……」 驚かせおって、と睨みつけるが、猫は灰色の丸い目をくりくりさせるだけだ。 「おお、そこにいましたかの」 目を細めながら歩み寄ってきた田豊と、なうなう甘えてくる猫を見比べて、公孫瓚はやっと合点がいった。 「…用事とは、こやつのことか?」 いいかげん、すり寄るもこ毛がくすぐったくて、抱き上げる。 見た目に比べて、みっしり重い。 「貴君にそのような趣味があったとはな」 「いや、これはこれは…」 謹厳そのものの外見が、笑うと意外に好々爺然として、何とも不思議な気持ちになった。 「な〜」 抱いているもこ毛から、じんわり温かさが伝わってきた。 「どうやら、伯珪殿が気に入ったようですのう」 「は?!」 さらさらとした銀髪にすり寄って、猫がのんきにあくびをしている。 「…俺に猫を飼う趣味はないし、懐かれても知らん!」 「見込みはありますぞ」 「いらんったらいらん」 それは残念、と呟く田豊の口振りからすると、あながち戯れではなかったらしい。 「少嬬、餌じゃ、餌じゃ」 田豊が呼ばるが、少嬬――どうやら雌らしい――は、しばらく公孫瓚の胸元でまごついていた。 「仕方ないの…」 ほれ、と柔らかい首根っこをつかんで地面に下ろすと、ようやく「みゃー」と鳴いて食べ始める。 「まったく、手間のかかる…」 公孫瓚が言えば、田豊は白い眉を下げて笑う。 「なかなか扱いがお上手じゃ」 「…猫の扱いを褒められてもな」 「いやいや、猫はまこと勝手気ままなものでしてな」 気に入らぬ相手ならさっさと逃げる。 餌をやっても、食べ終わればひょいといなくなる。 「で、気分のいいときだけ、気まぐれに人間の好きにさせるわけか」 「ほっほ、左様じゃ」 「ますます解らん、何でそんなのが可愛らしいんだかのう…」 「それが何とも不思議に、愛らしく思えてくるのです」 「ふうん……」 首を傾げる艶やかな様子を見たとき、老臣ははたと悟った。 袁紹がこの貴人を欲しがるのも、そんな理由なのかもしれない。 「おい、少嬬とやら、そんなに食って、鼠も捕れぬデブ猫になったらどうするのじゃ」 「な〜?」 日だまりに座る公孫瓚の胸元で、華麗な首枷が錚鏘と響いていた。 |