写本・大戦

□比余歌
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――それは、何じゃ。

 僅かな興味で尋ねただけのことを、あれほど高価な形で贈り返されるとは思っていなかった。

「何だ、それは」
 いつもより少し不機嫌そうな声に、訝しさといくらかの面倒さを覚えて、苛立たしげな視線を追ってみた。
「ああ、これか」
 手をやると、ひやりと心地よい硬質さを感じる。抜き取れば淡い輝きを放つ銀髪が美しく下りた。
「比余じゃ」
「…比余?」
 耳慣れぬ響きは当然だ。
「單于の贈り物だからの」
 中原を去ると、わざわざ別れを告げに来た。精悍な匈奴の王が、手ずからその髪に挿していったものだ。
「あの地では、君たる者の象徴らしい」
 上の細歯は象牙、その他は全て金。黄金の背に虎狩の様子が息づき、一枚の壁画のようなその周囲に珍珠を填める。返しには花蔦が刻まれ、青石や玉髄、玻璃、琥珀の薄片が、五彩の花園を造っていた。
「なぜ、俺に贈ってきたのだろうな」
 君主の櫛など、もはや挿すに値せぬ身だというのに。






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