写本・大戦

□夜半
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 荒々しい余韻を、公孫瓚はまるで人事のように感じていた。
 疲れきった熱い体も、迎え入れたままの男の体も、自分が流した涙も、何もかも遠い気がする。
 うつろな赤い瞳が、暁の光を映した。
 そこで初めて、自分を支配する熱い肉体、覆いかぶさる男の重みに気付いた。
「おいおい……ずいぶんと冷めてるな」
 身を起こしながら、劉備は苦笑した。体だけは熱く燃え上がっているのに、心は上の空というのは、公孫瓚にはよくあることだった。
「今度は何を考えてたんだ?ん?」
 笑いながら問われても、答えようがない。
 何を、と言われても、別段、難しいことを考えていたわけではない。ただ、何も考えず、何となしに集中できないだけなのだから。
 だのに、愛撫にはすぐさま燃え上がり、熱い蠢きに応えてしまう、己の体が忌々しい。
 それが自分の体に刻まれた、ぬぐいがたい過去の証として残るのだから。
「あ……」
 生温かいものが下肢から這い出ていく。
 ぞろりとこすれる感触に身震いした。嫌悪ではなく、一抹の快美のために。
 ますます、厭になる。
「構いやしない、むしろ、いいことじゃねえか」
 優しく頭を撫でられて、公孫瓚は身を震わせた。
 心の内を見透かされたような気分だった。
「愉しいか?」
「ん、こういうのがか?」
 愉しいよ、と即答された。
「伯珪は愉しくないか?」
「いや…」
「だったら、何が?」
「…お前は何が良くて、俺を抱くのだろうかと思ってな」
 一瞬、劉備は目を丸くした。
 次いで、くつくつと笑いながら、再び公孫瓚を抱き寄せた。
「決まってる」
 いたずらっぽい囁きが、耳朶をくすぐった。
「あんたが好きだからさ」
 その後に訪れた激しい奔流に、抗うすべはもはや公孫瓚にはなかった。





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