写本・大戦

□華文
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 油断ならぬ駆け引きの遊びは、遊戯だからこそ好いのだ。
 それなのに、曹丕は平然と、
「お前のほうがよほど巧い」
 などと笑って、淫行の事実を隠そうともしない。
「……感心できるやり方ではございませんぞ」
 そう言って、叱責とも軽侮ともつかぬ言葉を投げるとき、いつも腹の底が固く冷える心地だった。
「このことが知れれば、ご自身の命そのものが危うい。それをお解りでない」
「解っている。それに、言葉が抜けてるぞ」
 長椅子の上で、ころりと猫のように寝返りを打ちながら、曹丕はいささか淫蕩な笑みを見せた。
「俺の体ひとつで、連中は聞きもしないことをよくしゃべる。用間の手間が省ける、それで帳消しだろう?」
 笑いながら、黒い指先が青白い胸元をするりと撫でた。
 堅物な青年官吏たちがあっさりぼろを出すのは、気位の高い貴公子が淫蕩な本性を見せるという、倒錯した肉欲に絡め捕られた末路だとは察している。
 だからこそ許しがたいのだ。
「我が君――」
「そう怒るな。役に立ったろう」
 こういう剣呑なやりとりは、曹丕は慣れている。
 普段取り澄ましている司馬懿が感情的にふるまうのを、面白がっている風ですらある。
 長椅子の上で、だらしなく――というより、しどけなく寝そべって、胡酒の入った杯をもてあそんでいる、計算した妖艶さがいい証拠だ。
「なさりようは到底、賢いとは言えませんな」
「なぜ?」
 杯を揺らしながら、わざとらしくぬけぬけと言い放つ、その様子に腹が立った。
 いきなり近寄って、曹丕の手首を思い切り握り締める。
「…ッ、痛い、ばか!」
 滑り落ちた杯が甲高い音を立てて床へ転がった。
 血を撒いたような床の様子には見向きもせず、そのまま椅子の上へ押し倒した。
「よもや、男の体がなければ堪えられぬなどと、恥知らずなことは仰いますまいな」
「ばかを言うな…まさか妬いているのか?」
「でなければ、四六時中、はしたない格好を好むあなたに腹を立てているのですよ。匹夫を銜え込まなければ気の済まない、ふしだらな御方が何をおっしゃる」
「おい、仲達…!」
 さすがにむっとした様子だったが、何を企んだものか。押さえつけられた手が、押さえつける手を絡めとるように、握った。
「…だったら、どうする?」
 今しがた嘲弄するような眼差しであったものが、急に妖艶なうるみを帯び始める。
「俺に罰でも与えるか…?」
 ツンとそらした細い顎の向こうから、挑発と甘い媚態を絡ませて、赤い舌が覗いた。
 目を転じれば、喉を這う紅い刺青が、呼吸にあわせ蠢いている。
 ただの一瞬で、多分に嗜虐の隠った情欲が胸の内に燃え立つ。
「お望みどおり、罰を与えてやろう…」
 気が狂うほどの快楽を与えてやる。
 許しを乞うて泣き叫ぶぐらい責め抜き、この淫らで美しい肉体に躾てやるのだ。
「あなたを満足させられるのは誰なのか…教えて差し上げる」
 曹丕が深々と大息する。
 目元を淡く染め、熱い呼吸に上下する胸が衣装を息づかせる。
 これから与えられる、文字通り、苦痛となるほどの快楽という罰を期待している。
 薄い唇が、黒革の手袋を食み、引き抜いた。
 挑発と恍惚がないまぜになった視線を受け止めて、司馬懿はようやく、唇をゆがめた。

 こうやって、自分をつなぎとめようとする曹丕が、ひどくいじらしく思える。
 そんなことをしなくとも、自分はもう、心の底から虜なのだということを、どうやって教えたものだろうか。
 すっかり乱れた髪が、首筋の紅い文様に流れていく様を見ながら、司馬懿はそんなことを考えていた。








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