無双BASARA

□天意無法
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返り討ちにされ、牢屋に放り込まれた慶次を待っていたのは、きちんとした傷の手当と、温かい飯だった。
叔母の手料理を懐かしく思いながら、ひとしきり飯をかきこんで、ごろりと横になる豪胆さは生来のものだ。
と、格子の隙間から小さな相棒が飛び込んできた。
「夢吉!」
「こいつ、君の連れ?」
身なりのいい青年が、慶次を見下ろしている。
「頭はいいけど可愛くないやつ」
「あたりめーだ!夢吉は敵にホイホイなついたりしねえよ」
「だろうね。飼い主そっくり」
いちいち皮肉っぽい物言いだ。魏はこんな連中ばっかりなんだろうか。
「で、あんたは誰だい」
「弟だよ」
「いや、わかんないって――」
「長じては敵となり、血なまぐさい陰謀で陥れあう間柄さ」
跳ね起きた慶次の目の前で、獄舎の錠が音を立てて開いた。
「弟…あんた、あいつの――曹丕の弟か」
「そういうこと。――でもさ、兄さんも、何もあんな言い方しなくたっていいのに…」
ぶつぶつと文句を言いながら、青年は扉を開け放つ。
「付いてきて。静かにして、なるべく音を立てないでね」
小声でそう告げると、彼はもう歩き始めている。
「…逃がしてくれる、ってわけじゃないんだろ」
「当たり前。あれだけ堂々と暴れて無罪放免なんて、君も思ってないでしょ」
「まあね」
「聞かないんだ、自分の運命」
「少なくとも、拷問やら遠呂智軍への引渡しはなし、ってことぐらいは解るさ」
「ふーん」
「何だよ」
「行動は向こう見ずだけど、情報は正確、状況の把握も的確だってこと。見た目に似合わず」
「余計なお世話だ…!あんたんとこ、兄弟みんなそんな憎ったらしい言い方すんのか?」
「二番目の兄さんは違うけどね。兄さんはああ見えて、兄弟の面倒見はいいほうだよ」
「……絶対ぇ信じらんねえ!!!」
「あはは、よく言われる」
牢獄の中にいたときは逆光でよく見えなかったが、明るい場所で見ると、顔立ちはあまり似ていない。
だが、他人を値踏みしたり、皮肉っぽいもの言いをしたり、仕草や習性が似ているし、そんな時の雰囲気もそっくりだ。
「あんた、曹丕のこと、どう思ってんの」
「好きだよ」
「…俺たちの時代だと、すんげー仲悪い兄弟の見本みたいに言われてるの、知ってる?」
「権勢のある家って、だいたいそんなものさ。本人はその気じゃなくても、周りが担ぐ」
慶次と同じ年頃なのに、その視線は冷めている。
かと思えば、兄弟の話をしているときは、憎まれ口のようでいて楽しそうだった。
「そりゃあ、憎ったらしいと思うときもあるけど。さっきみたいに」
「それこそ当たり前だろ。兄弟は喧嘩しあってなんぼってもんだ」
すると、青年は驚いたように目を見開いた。
「なんか…初めて言われたよ……そういう、普通の兄弟みたいなこと」
やはり彼らは、権力と政争のしがらみに縛られた、権門の子弟なのだ。

利家は、幼少の慶次しかいない前田宗家の継嗣を危ぶんで、信長に自薦して当主になった。
周囲が若い当主を担ぎ上げて権力争いを繰り返した挙句、去就定まらずとして滅ぼされては何にもならないからだ。
この利家の判断を、慶次は正しいと思っている。
が、それを主家簒奪として、前田家を去った者も多い。

「面倒だよなあ…」
のんびりと呟いた慶次を、しかし、曹植は鋭い目で一瞥する。
「でも、君は逃げないんだね」
「え…」
「君の名前、よく聞くよ。風来坊、おせっかい、向こう見ず……そして、橋渡し」
あの若い君主に良く似た目が、慶次を見つめてくる。
「…兄さんを助けてほしい、って言えば、君は助けてくれる…?」
その真剣な眼差しに、慶次は真剣に向き直った。
「話によっちゃあ、ね」






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