返り討ちにされ、牢屋に放り込まれた慶次を待っていたのは、きちんとした傷の手当と、温かい飯だった。 叔母の手料理を懐かしく思いながら、ひとしきり飯をかきこんで、ごろりと横になる豪胆さは生来のものだ。 と、格子の隙間から小さな相棒が飛び込んできた。 「夢吉!」 「こいつ、君の連れ?」 身なりのいい青年が、慶次を見下ろしている。 「頭はいいけど可愛くないやつ」 「あたりめーだ!夢吉は敵にホイホイなついたりしねえよ」 「だろうね。飼い主そっくり」 いちいち皮肉っぽい物言いだ。魏はこんな連中ばっかりなんだろうか。 「で、あんたは誰だい」 「弟だよ」 「いや、わかんないって――」 「長じては敵となり、血なまぐさい陰謀で陥れあう間柄さ」 跳ね起きた慶次の目の前で、獄舎の錠が音を立てて開いた。 「弟…あんた、あいつの――曹丕の弟か」 「そういうこと。――でもさ、兄さんも、何もあんな言い方しなくたっていいのに…」 ぶつぶつと文句を言いながら、青年は扉を開け放つ。 「付いてきて。静かにして、なるべく音を立てないでね」 小声でそう告げると、彼はもう歩き始めている。 「…逃がしてくれる、ってわけじゃないんだろ」 「当たり前。あれだけ堂々と暴れて無罪放免なんて、君も思ってないでしょ」 「まあね」 「聞かないんだ、自分の運命」 「少なくとも、拷問やら遠呂智軍への引渡しはなし、ってことぐらいは解るさ」 「ふーん」 「何だよ」 「行動は向こう見ずだけど、情報は正確、状況の把握も的確だってこと。見た目に似合わず」 「余計なお世話だ…!あんたんとこ、兄弟みんなそんな憎ったらしい言い方すんのか?」 「二番目の兄さんは違うけどね。兄さんはああ見えて、兄弟の面倒見はいいほうだよ」 「……絶対ぇ信じらんねえ!!!」 「あはは、よく言われる」 牢獄の中にいたときは逆光でよく見えなかったが、明るい場所で見ると、顔立ちはあまり似ていない。 だが、他人を値踏みしたり、皮肉っぽいもの言いをしたり、仕草や習性が似ているし、そんな時の雰囲気もそっくりだ。 「あんた、曹丕のこと、どう思ってんの」 「好きだよ」 「…俺たちの時代だと、すんげー仲悪い兄弟の見本みたいに言われてるの、知ってる?」 「権勢のある家って、だいたいそんなものさ。本人はその気じゃなくても、周りが担ぐ」 慶次と同じ年頃なのに、その視線は冷めている。 かと思えば、兄弟の話をしているときは、憎まれ口のようでいて楽しそうだった。 「そりゃあ、憎ったらしいと思うときもあるけど。さっきみたいに」 「それこそ当たり前だろ。兄弟は喧嘩しあってなんぼってもんだ」 すると、青年は驚いたように目を見開いた。 「なんか…初めて言われたよ……そういう、普通の兄弟みたいなこと」 やはり彼らは、権力と政争のしがらみに縛られた、権門の子弟なのだ。 利家は、幼少の慶次しかいない前田宗家の継嗣を危ぶんで、信長に自薦して当主になった。 周囲が若い当主を担ぎ上げて権力争いを繰り返した挙句、去就定まらずとして滅ぼされては何にもならないからだ。 この利家の判断を、慶次は正しいと思っている。 が、それを主家簒奪として、前田家を去った者も多い。 「面倒だよなあ…」 のんびりと呟いた慶次を、しかし、曹植は鋭い目で一瞥する。 「でも、君は逃げないんだね」 「え…」 「君の名前、よく聞くよ。風来坊、おせっかい、向こう見ず……そして、橋渡し」 あの若い君主に良く似た目が、慶次を見つめてくる。 「…兄さんを助けてほしい、って言えば、君は助けてくれる…?」 その真剣な眼差しに、慶次は真剣に向き直った。 「話によっちゃあ、ね」 |