その男が鞘を一振りすれば、鮮烈な朱の鞘が雨粒を痛いほど叩きつけてくる。 「お前は何者だ。この行いの意味を理解して、我らを阻むか」 曹丕が馬上から静かに問いかけた。 この世ならぬこの世の支配者に逆らうことは、己のみならず九族に累が及ぶ。もっとも、そう定めるよう仕向けたのは、あの醜い強欲な豚であるが。 眼前の若者は不敵に微笑んだまま、身の丈をはるかに超える大刀を担ぎ、凄まじい気迫で直立していた。 「多勢に無勢、どうしてそこまでこだわるんだい」 口調は軽いが、青年の眼差し、動作は、明らかに歴戦の猛者のそれだ。 「逃げる相手を見逃したって、罪にはならねえよ」 「ふ…、言ってくれる…」 痛烈な皮肉に、曹丕は苦笑いを浮かべた。 「曹丕、話すだけ無駄だ。こいつは決して退かない」 開いていく呉軍との距離に焦れて、三成が言った。名だたる武将たちと渡り合ってきた彼には、相手がどういう人間かを見抜く眼力がある。 曹丕の沈黙を返答と受け取ったか、三成は鉄扇を構えた。 「力ずくで排除する。悪く思うなよ」 「……あんたらにも、家族や兄弟はいるだろ」 「そうだな」 「おい、曹丕!」 「――乱世の兄弟(けいてい)など、所詮、長じては敵となり、策謀を以て追い落とす間柄だ」 そこまで言うことないのに、と、背後でぶつぶつ言っている声は聞き流した。 「へえ、そうかい……でも、あっちの兄さんたちは、違うみたいだよ」 信頼し、親愛していた兄弟が、自分たちのどうにもならないことで殺し合う。 それを傍観できるほど、慶次は甘くない。 「ゆえに、関わり無き身で命を捨てるか…愚かだな…」 「ああ、そう言われるよ」 朋友にも、敵にも、無知で愚直だと嘲笑される。 だが、慶次は選択を後悔したことなどない。 朱鞘を天高く振り上げ、息を吸った。胸に寄り添う護符が、微かに温かい。 「ここで守っとかなきゃ……大事なもん喪っちまった後じゃ、遅いんだよ!」 |