タクシーから降りた街並みは、色とりどりのきらめきに覆われた夢幻の道だった。 溢れんばかりの色彩をちりばめたツリーが家々に飾られ、窓や出入口には金や銀のモールにくるまれたリース、刻々と輝きを変えるイルミネーションが宝石の天蓋を掛けたように軒先へ踊る。 冷たい雪を押しのけるように、子供たちが歓声を上げて走っていくのへ、これからモミの木の下へ置くだろう大きなプレゼントを抱えた大人が笑いながら声を掛ける。 はらはらと街路樹から落ちる雪に混じって、時々、香ばしいソースの匂いが吹き抜ける。 パティスリーから出てきた女性たちは、今日のお祝いのために何の菓子を買ったのだろうか。 「あのケーキ、美味そうだな…」 「卑しいことを言うな、今から受け取りに行くところだろうが…!」 「俺の一押しの“たっぷりイチゴの大ホールケーキ”じゃないケーキなんてテンション上がらねえんだよ」 「……情けないにもほどがあるな、貴様」 「んじゃあ、情けない弟のために、とっておきのデザート作ってくれよ」 「調子に乗るな愚弟、今からディナーの支度だ、そんな暇はない」 「冷たい、ここに積もってる雪より圧倒的に冷たい」 まさか、手伝いに来る小さなお嬢さんに兄が構ってやるのがうらやましい、なんて言えない。あからさまな軽蔑の眼差しを受けるのは、この寒空の下で精神的にとても堪える。 「何をぐずぐずしている、ケーキとシャンパン、ワインがあるんだ、しっかり歩け」 「……はーい」 「まったく…」 本当は、冷蔵庫の奥に小さな“たっぷりイチゴのケーキ”が眠っていたりするのだが、そんなことを教えてたまるかというのが、バージルのささやかな抵抗である。 「あら?」 冷蔵庫の奥を覗き込んだパティは、なにやら美しく飾られた箱を発見した。 「ねー、トリッシュー」 「どうしたの、パティ」 いとも華麗に、一瞬でたまねぎを微塵に切っていたトリッシュが、同じく冷蔵庫を覗き込んだ。 「この箱、何かしら」 「…ああ」 包みもリボンも全て赤。こんなプレゼントを贈ろうという几帳面な男なんて、一人しか思いつかない。 「ほっときましょ」 「え?」 「いいからいいから、触るとダンテがうるさいわ」 「ふーん」 「ちょっと、トリッシュ、お嬢さん、冷蔵庫相手に楽しそうね」 豪快に大皿を抱えてきたレディが、これまた豪快に焼き皿へ七面鳥を乗せた。もちろん、しめたてぐったりの生。 「今から大急ぎで焼かないと!もう、何でも詰め込んじゃっていいわよね」 「そうそう、中身がふくれてりゃいいわ。付け合せも焼いちゃいましょう」 「オードブルは?」 「買ってきたぜー」 顔色の悪い雷の悪魔1名が買出しよりご帰還。 「やだ、魔帝アラストルが随分とお疲れじゃない」 「疲れたどころじゃねえよ、トリッシュ!この格好だからあちこちで祝福のお言葉頂いちまって、もうしんどいのなんの!」 悪魔のくせに神父の服がトレードマーク、強力な魔剣が本体の魔神も、さすがに聖夜に祝福の言葉を贈られるのは辛いらしい。 「ちくしょー、ネヴァンが何のかんので俺と行きたがらないわけが解った!」 「んー、お気の毒!(bless you!)」 「トリッシュー!」 「あはは、冗談よ!」 「ちょっとあんたら!いい加減まじめに手伝えっての!ほら、この七面鳥、重いんだから鉄板のそっち持って!」 その時、パティの耳に、リースの鈴の音が聞こえた。 「ただいまー」 「帰ったぞ」 たっ、と台所から飛び出していく小さな影を、3人は笑いながら見送る。 「おかえりなさい!」 2012/12/25 |