洋書

□Philosophia reformata
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パティが扉を開けたとき、ダンテは窓を開けたところだった。

「よう、パティ」
窓枠に足をかけているのを見ると、どうやらそこから出かける気らしい。
「またバージルに叱られるわよ」

「まったくだ」

「げ!」
「きゃっ!」
相変わらず、気配すら感じさせない身のこなし。すごいけど、ちょっぴりおっかない。
「貴様、横着するなと言っているだろう」
「はは、悪い悪い!んじゃ、ちょっと出かけてくる!」
「…まったく…」
「え、どこへ?」
ダンテは心底から楽しそうに応えた。

「R指定のパーティーさ!」

呆れる兄と可愛いお嬢さんを後に、窓を飛び立つ赤い影はたちまち見えなくなった。
「バージル、早くダンテを追いかけなきゃ!」
「心配いらない」
バージルは平然としている。
初めからダンテに任せようとしていたみたいだ。
「ああ見えて、楽しんでいるからな。下手に助けると機嫌が悪くなる」
苦笑まじりに語る“ダンテ”は、パティが普段知っているダンテとはちょっと違う。



劇場で助けてくれたときも、とても楽しそうな顔で“showtime”だと言っていた。
ダンテは、悪魔を「倒す」のではなく「狩る」と表現する。
ダンテにとって、悪魔が獲物なのだろう。
ただ、人間の狩人と違うのは、彼にとって悪魔を狩る行為は“楽しいこと”なのだということ。


「強い獲物を狩ることが狩人の条件」

頭上から零れ落ちた呟きに、パティははじかれたように顔を上げる。
「俺もそうだ――強き魔に対するとき、この上なく心が昂ぶる。たとえ、それが己の力及ばぬ強大な存在であっても、だ」
綱渡りのようなものだ、とバージルは言う。
「悪魔の残忍な強さ、人間の毅き優しさ――その狭間に渡されたロープの上を歩いていく…半魔とは、そんな生き物だ」
「…バージルも、そうなの?」
少女の問いかけに、冷たく澄んだ碧眼が頷いた。
「ああ」

パティは、うつむいて黙ってしまった。
それじゃあ私は何て言えばいいのかしら。
悪魔は怖いけど、ダンテやバージルのことは全然怖くなくて、むしろ大好きなのだけれど、本当は人間と悪魔の心の間を揺れ動いていると聞いたら、すごく不安で、だから怖くて――。
そんなめちゃくちゃな気持ちを、どうやって伝えたらいいのか。

「もし…」
「もし?」
「ロープから落ちたら、バージルやダンテはどうなるの?」
まとめたら、とんでもなく的外れな質問になってしまった。
だが、バージルは彼女の言いたいことを察してくれた。
「ダンテは、わざとロープを揺らして怖がらせるだけだ。万が一、落ちたとしても、すぐに人の道を通って、人の世に戻ってくる。そういう男だ」
危うい場所にいることを解っていて、わざと危うい行動を見せつけ、周囲がはらはらするのを見て、してやったりと楽しんでいる男だ。
悪魔の衝動を楽しんでいる。
誘惑を楽しんで、楽しみながら素通りするだけの余裕がある。
「それが、ダンテだ」
そう、彼の半身は言い切る。

「俺には、悪魔の見せる景色のほうがよく見えている。だが、そこへ行くことはない」
「ダンテは絶対に止めるわ」
「だろうな…」


たとえ魔界の闇に沈んだとしても
あいつが必ず、迎えにやってくるから

―― 一緒に帰ろう

そして、バージル自身、今度は迷いなく手を掴むのだ。
差し出される弟の手を、自らの意思で。



「バージル…?」

外を眺めたまま沈黙する半魔を、パティは不安げに見る。
が、彼はすぐに、窓を離れた。
「茶でも淹れよう」

心なしか、その表情は穏やかに見えた。





end


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