羊祜には解らない。 義兄が欲するのは、権力よりも第一に魏の滅亡だという。 「何故、兄上はそうまでして、魏を憎むのですか…」 問えば、漆黒の外衣がゆっくりと振り向く。 「元仲様のおられぬ魏など、もはや存在に値しない」 司馬師は、暗い微笑で吐き捨てた。 羊祜は、それでも倩しい円らな瞳に涙を溜めて、義兄を見た。 「ですが…それでは、烈祖のご遺詔はどうなるのです。あの方が、どんなお気持ちで、お父上に訴えられたのか…兄上ならばお解かりでしょう…?」 息を喘がせて、必死に紡がれる義弟の言葉を、しかし、司馬師は非情な美しさを持った笑みで切り捨てる。 「病みて乱を作す」 羊祜は、びくっと体を震わせた。 その一言で、わかってしまった。 ―――ああ、もうだめだ… もう、義兄は決めてしまったのだ。 彼は二度と振り返らず、二度と後悔しない。 |