彼は確実に自分を嫌っていた。 嫌われているうちは、まだましだった。 最後の方では憎しみすら通り越して、絶対的に冷ややかな殻で司馬昭の手を拒んだ。拒み続けていた。 「愚かな方ですね……」 栴檀の棺を慈しむように撫でた。 最後までこの手を振り払い、遠ざけていれば、死なずに済んだものを。 「あんなことをすれば、必ず私の耳に届くのですよ?」 知らないはずがないではないか、と問い詰めたかった。 ――私が何をしたか、私よりよく解っているのが、お前だろう。 そう皮肉ったのは、他でもない、あなただったではないか、と。 こんなはずではなかった。 こんな結末だけは避けるために手を打ったと思っていた。 だが、誰もそうとは見ていなかった。 「こんなはずでは、なかった……」 世間は――最も親しい者たちはより強く――こうして殯宮に在る天子こそ、司馬昭の望みだと信じて疑わなかったのだ。 「こんなはずじゃ…なかったんですよ……陛下…」 取り乱しきった醜態に動じることもなく、珍しく優しい微笑を浮かべ、穏やかに慰めてきた、あの男を信じた己がすべての過ちだった。 ――わたくしにお任せ下さいませ。 なぜ、あの微笑みを信じたのだ。ああいう表情こそ、最も残酷な結末を用意していると、誰よりも知っていたのに。 冷静になってみると、恐ろしいばかりの不安が全身を襲ってきた。 そんなはずはない、と可能性を考えても、半ば見える悪い結果が確かな予感で希望を圧してしまう。 それでも何とか逃げ道を探そうとして動けず、事態を動かすために走るべきだと叫ぶ何かの声を押し止めてしまう。 そして、あの知らせが――最も恐れていた言葉が、廊下をやってくる。 “皇帝崩御” 多分、きっと、どこかでずれてしまっていた。 それを少しずつ、ずれていったのと同じ長さをかけて直していけば、いつかまた合わさったのではないだろうか。 歪んでしまった鍵や、錆びてしまった錠のように。 だが、片方が欠けてしまっては、もう意味がない。 歪みも狂いも、何もかもそのまま、片方だけが取り残されていく。歪みがあったと気付かれることもないまま。 「愛していました、陛下…」 今更。 本当に、今更だ。 今更、気付いた。 愛してくれ、と求めるより、愛している、と告げるべきだった。 「愛していたんです、陛下……私の……」 ただ、愛していると告げるだけでよかった。 そうすれば、彼が最期に自分のもとへ来ることもなかったのに。 |